前回は、感情は何が自分の欲求を満たし、何が阻害するかを示すサインであるという話でした。それではそのサインはどのようにして決まっていくのでしょうか?

何が自分の欲求を満たし、何が阻害するかの情報は、生まれつき本能的に備わっているものもあります。たとえば生まれたての赤ちゃんは、母親が自分の生存の欲求を満たしてくれる対象であることを本能的に知っており、お母さんのおっぱいを求めて行動します。そしてお母さんが近くにいればポジティブ感情が発生してニコニコするし、近くにいないとネガティブ感情が発生して泣き叫ぶことになります。

このように本能的に持っている情報以外のほとんどのことは、私たちが生まれた後の経験や知識によって身につけて行くことになります。赤ちゃんは、熱湯がポジティブな対象なのかネガティブな対象なのか、生まれつきはわかりません。赤ちゃんのそばに熱湯を置いておけば、熱湯に手を突っ込んでしまい、大変な目に合うことになります。しかしその経験によって、熱湯はネガティブな対象であることをその時の強烈な感情と共に記憶することになり、一生の間、二度と手を突っ込まないようになります。

新しく出会った対象に関して、ポジティブかネガティブかを判断すると、その判断は、それを覆すきっかけが無い限りはずっとそのままで記憶されるということです。

本田圭祐は小学校の卒業文集に「将来セリエAに入団して背番号10番をつける」と夢を書いて実現させたことが有名です。彼のその夢=欲求はもちろん生まれつきのものではなく、小さい頃にサッカーを見てサッカー選手に憧れて発生した欲求であり、それ以来ずっとそのまま継続して記憶されていることになります。

このしくみはプラス面と同時に、マイナス面もあります。前回も書いたトマトの例で言えば、子供の頃にトマトを食べてまずいと感じて、そのまま死ぬまで食べなかったとすると、その人の中ではトマトは永遠にネガティブな対象であり続けることになります。子供の頃に父親を苦手だと感じた子供は、一生父親を苦手だと感じ続け、大人になっても父親に似た雰囲気を持つ上司に苦手意識を持ち、その気持ちに苦しんだりします。ポジティブ、ネガティブの記憶は、無意識に埋め込まれていることが多いので、どうしてこの上司に対して苦手意識を持っているのか自分ではわからないケースが多く、より一層自分を責めることになります。幼稚園の時の劇で台詞を忘れてしまい、みんなに笑われて大恥をかいた経験がある子は、大人になって仕事で大勢の前でプレゼンをする時に、常に緊張してしまう癖が抜けなかったりします。いわゆるトラウマと呼ばれる強烈なネガティブな経験を一生引きずってしまうのも、同じ感情のしくみです。

トレーディングの場面でも似たような経験があるかもしれません。以前トレーディングで失敗した経験があると、同じようなマーケット状況になって来た時に、その時のことをどうしても思い出してしまい、平常心でトレーディングできなくなったりします。これはまさに感情が「気をつけろ」というサインを出しているわけですが、その時の記憶が強烈であればあるほど、冷静ではいられなくなってしまいます。

人の生存を助けるために記憶を強化する働きを持つ感情の機能が、かえって忘れた方が良い記憶を忘れにくくして、人生の足を引っ張ってしまっていることがあるわけです。そこで、このようなある意味単純で原始的な感情の機能を補完するために、進化した人間に備わったのが思考です。

感情は、対象が自分にとってポジティブかネガティブかを瞬間的に、直接的に、短期的に判断し、それに伴う行動を促します。それに対して思考は、時間をかけて、様々なシナリオを想定し、長期的に判断し、それに伴う行動を促す機能を持ちます。苦手な父親に似た上司に出会った時に、感情はさっさと仕事を放り出して、逃げることを促します。しかし思考があることで、その気持ちを内に抑えて、表面上は礼儀正しくにこやかに対応する行動を取ることになります。その方が円満に人間関係を維持し、会社で仕事をやり続けることで、長期的に安定した人生を送れる欲求を満足させられると思考が判断するからです。

次回からは思考を詳しくみていきます。

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