健康のためなら死んでもいい by 高倉ショウ

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スポーツや音楽など趣味には精力的に力を発揮する50台高倉ショウ。標高3000mの山々を単独行で渡り歩く無謀な旅人でもある。山でも会社でも崖っ縁と対峙。投資は常に裏目で、資産が増えていく確率は山で落石を受ける確率より低い。
2013年東京マラソンを4時間16分で完走。沿道にいた名も知らぬ人たちに励まされて泣いてしまうなど涙腺はもろい。
チャップリンが映画ライムライトで語った「人生に必要なもの、それは勇気と想像力、そして少しのお金だ」というセリフが大好きだが、いまだに「少し」の定義ができていない。


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無力なただの庶民 2022/3/14

 キャベツ1玉やブロッコリーが100円玉1個では買えなくなった。じゃがいもや玉ねぎも値段が高い。牛乳、バター、小麦粉…。

 もう例外はないのかも。値段が据え置かれたものを探すのにひと苦労している。そこにウクライナ危機が加わって灯油やガソリン価格も上昇。賃金が伸びない国でこれはつらい。ただ、その状況をウクライナの人たちの現状と比べると、不満を口にするようなことはできない。その日を生きるだけで精一杯の人たちのことを思うと、目の前にある異変?はきわめてささやかなものであると考え、「我慢」と言う心の引き出しの中にしまいこまなくてはならないのだろう。
 「自分たちに危害が及ぶおそれがあるので、あなたがたの国は滅ぼします」というロシアの論理を放置するのであれば、それはもう人間としての最低限度のモラルを無視するのと同じだ。明治維新を迎える前、日本には坂本龍馬という天才的なネゴシエーターがいたが、その役割を担っている人物が現時点では世界にいない。(該当者がいるのであれば教えてほしい)。そして、「日本は何か解決に向けての策と人材を有しているのか?」とレジの前で考え事をしていると、スーパーのお姉さんが「あの~、お客様~」と支払いを促し、私は無力なただの庶民であることを認識させられた。
 ウクライナの首都キエフの建物の地下室でバイオリンを奏でた女性の動画を見た。「戦場のバイオリニスト」はビバルディの曲を弾いていたが胸を打たれた。オーケストラのメンバーでもある彼女が演奏する舞台はこんな場所ではない。ドレス姿の彼女の肩はやせ細っていた。音色だけでなくその映像にも「苦痛」がにじみでていた。
 手にした148円のキャベツ1玉と228円の北海道産の牛乳。ウクライナのことを思うと、値段は高いとは思うが、その「存在」そのものに感謝する日々が続いている。 

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シューズに迷えるおじさん 2021/11/4

高齢とも思える年齢になったが長い距離を走っている。

フルマラソン完走は過去5回。問題はシューズだ。40代になって走り始めたときにはとにかく軽量のシューズを求め、そしてレースで履いた。しかし50代後半から軽いシューズではすぐに足裏に疲労感を抱くようになった。「30キロの壁」という言葉がジョガーの間では根づいているが、30キロどころかその壁はもう20キロをすぎてすぐにやってくる。なので足裏保護のために最近人気の「厚底シューズ」を履くようになった。確かに足裏の疲労感は少ない。しかし片方で30~50グラムほど重いそのシューズは25キロ付近で「鉄のゲタ」を履いているような感覚になる。そう、今度は重くて困っている。60代前半にして選んだ一足は軽量とも厚底とも言えない中間的機能を搭載した「どっちつかず」のシューズ。「これならいいかも」と思っていた。
しかし肝心なことを忘れていた。心肺機能が老化とともに落ちていたのだ。40代に「極端に遅い」と感じていたペースは今や「もうこれ以上はいけない」という限界に近づいている。足は2本しかないのに、購入したランニングシューズはすでに11足。各メーカーは、こんな迷えるおじさんの要望に応えようと次から次へと新製品を作ってくるので、ついていくのも大変だ。どれを履いてもさほど違いがないことは百も承知。でも、少なくともささやかながら経済を回す役割だけはこなしていると思うのだがどうだろう? 

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稀有な後遺症 2021/9/3

8月16日。右の肩甲骨周辺を鏡で見ると赤い発疹が出ていた。 

15秒間隔で押し寄せてくる猛烈な痛み。たまらず近所の医者に駆け込んだ。「ああ、ヘルペス(帯状発疹)ですね」。ひと目見て主治医は病名を宣告。それは私にとっては実に52年ぶりに耳にした病名だった。そのクリニックでは2日前に新型コロナウイルスのワクチン接種(ファイザー社)の1回目を受けており、どう考えても副作用としか考えられないが、主治医曰く「ヘルペスはワクチンの副作用として認められていないんですよ」とのこと。アナフィラキシーショック、発熱、倦怠感、筋肉の痛み、さらにいくつか報告例のある心筋症までは覚悟していたが、「ヘルペス」は寝耳に水。保健所、発熱センター、さらに厚生労働省の担当者に電話して「副作用にヘルペスってありましたっけ?」と電話をかけたが、返ってきた答えはすべて「そんな報告はありません」か「わかりません」だった。
 しかし今年の5月、米国のリウマチ専門サイトでは「コロナワクチン接種のあと、何人かのリウマチ患者でヘルペスが活性化した」と報じている。ワクチンは私と同じ遺伝子を用いたメッセンジャーRNAのファイザー社製で、491人のリウマチ患者でワクチン接種後、6人がヘルペス(軽度)を発症している。発症率1.2%は、ワクチン接種現場でしばらく見守ってくれるアナフィラキシーショックより高く、「メッセジャーRNAが何らかの原因でヘルペスを活性化してしまうようだ」と記している。別の医療系サイトも女性のリウマチ患者にヘルペスを発症する人が多いことを指摘。ただし、どのサイトでもヘルペス発症の「事実」がありながらも、それをワクチンの副作用とする理論の構築ができないとしている。ワクチンは免疫を活性するのに、なぜリウマチなどないのに私は免疫が低下してヘルペスになったのか?誰も謎は解き明かしてはくれない。
 さて「ヘルペスおじさん」はこう思う。医学の知識に乏しい庶民が、「CORONA」と「HERPES ZOSTER(帯状疱疹)」というたった2つのキーワードで検索しただけで、厚生労働省の担当者以上の?知識を手にしてしまったのだ。所用時間は10分弱。2回目の接種を止めたのは、まだヘルペスによる神経痛が肋骨周辺にあって薬を服用しているからだったが、仮に全快していても猜疑心と不安感で接種しなかったと思う。ワクチン接種に関して私は肯定派の1人だったが、この件に関しては考え直すことにした。さて別途数千円の医療費がかかってしまったヘルペスは断固「ワクチンの副作用である」とアピールすることにするが、他に同じような症状が出た人はいないだろうか?それとも私は人類の中でもとりわけ稀な体の持ち主なのだろうか…。厚生労働者さん、今度はそちらが調べる番では? 

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コロナに打ち負けた五輪? 2021/7/11

五輪が無観客になった。 

複数の競技にチケットを申し込んだがすべて落選となっていた私にとっては痛くもかゆくもないが、当たっていた人には相当こたえるだろう。95%は返金されるというが、ホテルや飛行機や列車の予約までしていた人もいるだろうし、なにより五輪観戦のための大事な「時間」を生活の中から削って確保していたはずなので、その目に見えぬ労苦も水泡に帰したことになる。
 新型コロナウイルスの感染、さらに変異株の増加といった予期せぬ出来事で混乱していことは理解できる。しかし東京五輪には「1年」という猶予期間があった。そこから逆算すればいろいろなことができたはずだが、結局のところ、「コロナに打ち勝った五輪」とは言えなくなった。
 米国は世界最多の感染者を出し、被害も甚大だった。しかしワクチン接種を早期に始め、スポーツ界でも5月あたりから多くの観客がスタンドに戻り始めた。すさまじい「復興」のスピードだった。大谷翔平選手(エンゼルス)が出場する大リーグのオールスターゲームはコロラド州デンバーで開催されるが、同州では今月に入って昨年3月から続いていた非常事態宣言や300項目以上もあった制限がすべて解除。すでに多くの観客がマスクなして声援を送ることができるようになっている。
 スポーツだけをとってみても、コロナを巡っては日本と米国であまりにも「風景」が違う。その異なる「風景」を生み出しているのは人間なのだが、どうも日本には舵取り役となる真のリーダーがどの組織にもいないようだ。
 選手には頑張ってほしいと思う。日本代表にとっては「大声援」というホームアドバンテージが完全になくなった五輪となるがめげないでほしい。いつかこの五輪を振り返るときが来たら、「あんな素晴らしいこともあったね」と言える五輪にしてほしい。応援には行けないが、私は心の中で拍手を送る。ガンバレ、ニッポン! 

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大切な「言葉」2020/4/20

最後に電車に乗ったのはいつだろう。 

記憶がどうもたどれない。バスに乗って美術館までは行ったが遠出はしなくなった。私の手元には世界のコロナ感染の情報が逐一集まっているのだが、1日で27万人以上が感染したインド、ワクチン接種が3分の1ほど終わったのに新規感染者が下げ止まりとなっている米フロリダ州、リーダーに予防の観念がないために死者が急増しているブラジルなどに比べれば、日本はまだ「崖っ縁」に立っているとは言えない。ただし生活は単調になった。
 その単調な生活に変化をもたすであろうイベントが東京五輪なのだが、そこには大きな問題がある。ワクチン接種をほとんどしていない開催国に選手やスタッフを派遣する国々の人たちの気持ちになってみればすぐにわかるだろう。もちろん1年先に延ばされて精神的に辛い思いをしている選手たちの心情はよくわかる。なんとか五輪という晴れ舞台に立たせてやりたいという思いはある。しかしわずか3カ月先に事態が収束して「明るい未来」がやってくるとは到底思えない。
 「あなたの笑顔でオリンピックが成立するんです」と五輪組織委のリーダーに言われたボランティアたちは首をかしげたのだそうだ。与えられるのはワクチンではなく消毒液とマスクだけ。戦う「武器」はこれだけで、しかもマスクをすると笑顔は見せることはできない。
 すべてのリーダーにワクチン同様に大切な「言葉」が足りないのだ。たとえ人類が経験する初めての出来事であっても、そこに寄り添う「言葉」があればもう少し違った局面になったかもしれない。東京の下町に住んで20年。五輪開催は本当に楽しみだった。ただ今それを「過去形」で言うことしかできないのが残念でならない。
 

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バナナに続き納豆も 2021/2/110

新型コロナウイルスの感染防止に効果があると紹介された納豆の値段がわずかに上昇している。 

ヨーグルト同様、ただでさえ値段据え置きで中身を減らすという隠れた?値上げの状態だったのに、納豆好きの当方にとってはある意味、ダブルパンチだ。昨年にバナナの不作とか絶滅が話題になっていたが、これも今年の2月に入って価格が高くなった。納豆同様、値段を変えずに6本売りを4本にするという苦渋の販売?も目に付く。巣ごもり需要があるのかスナック菓子の特売セールが少なくなったような気もするが気のせいだろうか…。
非常事態宣言で「日常」という名の風景が一変している。いつもなら花粉症の時期になると近くの区立体育館の室内に設定されている1周270メートルほどのランニングコースでジョギングをしていたのだがいつ再開できるのかメドは立っていない。かといってトレッドミル(ランニングマシン)の上で延々と走るのは退屈だ。コロナ感染リスクも高くなる。ではアレルギー対策として免疫機能を高めようと思い、発酵食品をいつもより多く摂取しようと食生活を変えようと考えた。
そして冒頭の問題にまた戻る。走るためには心臓を正常に機能させるためにはナトリウム同様にカリウムが必要で、カロリー補給をも併せてバナナが最適なのだが、これも冒頭の問題にまた戻る。やむをえずテレワークをしているが、必然的に口がさびしくなると煎餅とポテチに手を出す日々。そしてこれもまた冒頭の問題に戻る。ああ、難しい世の中になったもんだ。 

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効率ワークと非効率体調 2020/12/05

 テレワークに入って半年が経過した。状況はあまりよくない。

 仕事は出勤という移動時間がない分、実に効率がいい。問題は体調だ。自転車で通勤していた「チャリダー」だったが往復1時間の「運動」がなくなり、昼間の休憩時間に散歩はしているものの、めっきりと心肺能力が落ちてしまった。フルマラソンを過去6回完走しているが、そのマラソンの5キロのラップタイムより遅い時間で今では5キロを走るのがやっと。異変を感じて呼吸器専門のクリニックに通院しているが、実年齢に対して肺年齢は7歳も上になってしまった。パソコンの画面を見ている時間も増えたので眼精疲労が常態化。片頭痛もしょっちゅう襲ってくる。体の不調を訴えている「テレワーク族」が多いと聞いているが、私もその1人。仕事の効率は良くなっても、体を動かさないからどんどん衰えていく。そんな気がしてならない。
 さてどこでこの生活スタイルを切り替えればいいのか?そこが今、悩みの種でもある。新型コロナの感染判明者は増加中。60歳を超えた人間にとって、電車に乗ったり、人込みの中に入っていくのはリスクが高すぎる。ましてや私のように呼吸器疾患を抱えるおじさんにとって「ハビタブル・ゾーン」はきわめて狭く、小さくなってきた。
 漢方の「補中益気湯」を服用している。もともと冬季のロードレース用に飲みだしたもの。多くの中高年ランナーがこの時期、免疫力をアップさせ、風邪にひかないように飲んでいるのだが、今やコロナ感染対策が第一目的になってしまった。漢方薬がずらりと並ぶドラッグストアに行くと、この薬だけが欠品になっていないだろうか?それはたぶんコロナをおそれる多数の中高年ランナーが購入しているから。糖尿病を抱える会社の同僚も服用しているのだが、最近ではしょっちゅう店頭で変えない状況が続いているのだとか…。
 さてこの「コロナ生活」に出口はあるのか?悶々とした心を抱えながら2020年が終わろうとしている。

 

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中身が○○〇〇 2020/9/20

 某大手メーカーの箱入りアーモンド・チョコレートを買った連れ合いが怒っていた。

「なに、これ、箱の中がスカスカ。中身が少ないわ」。値段そのままで量を抑えた(減らした?)ようで、中身が見えない構造だけに、つい買ってしまう消費者は多いことだろう。
 そういえば、納豆もポテトチップも「値段据え置きで減量」した典型的な商品。食料品だけでなく日用品もきっと同じパターンのものが多いかもしれない。すると実質的には大幅値上げなので、日本の物価というのはどうも「見かけ」だけになっているような気がする。
 週末の午後11時すぎ。我が家の前の公園で若者たちが、今年最大のヒット曲となった瑛人の「香水」を大声で歌っていた。サビの「ドルチェ&ガッバーナ」の部分になるとほぼ絶叫で騒音に近い状態。しかし新型コロナウイルス感染の影響で「たぶんリスクの高いカラオケに行けないのだな」と、おじさんは理解しているので黙って聞き流した。
 この「香水」はCD化されてリリースされたわけではなくデジタル配信で2年ほどの歳月をかけて浸透していった楽曲。今では香取慎吾など多くの歌手や芸能人がカバーしてその動画を披露している。
 英国ではレコードの売り上げがCDを上回ったのだそうだ。ただ昔に戻ったのではなく、デジタル配信が主流となったためにCDの売り上げが減ったことが原因。「形」あるものに信頼感を抱く中高年のノスタルジアが生み出した社会現象なのかもしれない。
 昨年の今頃、50個300円で売られていたマスクは「特価セール」という張り紙が出てもまだ699円。「ポスト・コロナ」の世界についていくのはなかなか難しい。箱入りのチョコはグラム数を確認、納豆はタレを排除してかろうじて45グラムに踏みとどまっているものを買うことにした。高血圧防止のため、ポテチはデジタル配信の動画を見るときも口にしないことにした。「香水」も少しだけ覚えたので、次は公園で若者たちとこっそり「デュエット」でもしてみようと思う。ただ「ドルチェ&ガッバーナ」はたぶん買わないだろうな~。 

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関門 2020/7/2

 久々に銭湯に行ったら、非接触タイプの温度計で体温を測られた。

 470円で味わえる庶民のパラダイス。しかし今は入場するために「関門」を突破する必要がある。ふと壁を見ると「できるだけ入浴時間は短くお願いします」と書かれていた。「関門」を突破しても「条件付き」の入浴。なんだかせちがらい世の中になってきた。ただし私より先に湯につかっていた常連の爺さんは、私が出たあともまだそこにいた。「できるだけ短い入浴時間」とはどれほどのことなのか?番台の主人に尋ねようと思ったが、アクリル板で仕切ってあったので、言葉を投げかけるのもはばかられた。
 新しい生活様式。ワクチンが開発されて効果が認められて普及すれば「旧・生活様式」になるのだろうが、今は我慢と慣れが必要だ。インフルエンザと違って湿気と気温の高い夏になっても感染が拡大している新型コロナウイルス。猛威をふるっている米国やブラジルなどでではすでに「COVID-19」の変異体ではないかとの説もあるので、新・新型コロナウイルスなのかもしれない。
 肺機能がもともと弱い当方にとっては手ごわい相手だ。発熱がないので検査の対象外なのだが、呼吸器専門外来で診察と各種検査を受けたら「肺年齢」が15歳も上になっていた。喫煙者でもないのに、しかも4カ月前まで、やがて中止になる東京マラソンを目指して1回につき20キロ前後の走り込みをしていたというのに、主治医はCOPD(慢性閉塞性肺疾患=肺気腫)という病名しか挙げることができず困惑していた。「おそらくウイルスの影響なのでしょうがそれを証明することはできないんです。頑張りましょう」と励まされ、その後2カ月以上、投薬治療を続けて若干の改善は見られたが、3度目の検査でもまだ数値は「患者」の領域から脱していない。おそらくこの病気の本当の怖さは、検査で陽性にならなくても、その人の弱点を徹底的に、しかも長期間にわたって攻め立てるところなのだろう。
 42キロ走るつもりが、たちまち100メートルを歩くことさえもできなくなる未知のウイルス。ただし負けるつもりは毛頭ない。ウイルス野郎にリベンジするべく、今は臥薪嘗胆の日々。さて、きょうはダンベルを持って、階段でも上ってみるか…。

 

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偽・濃厚接触者 2020/5/15

連れ合いは「偽陰性」だった…はずだ。 

微熱が続くこと1カ月。下痢の症状もあった。考えられる病気はウイルス性胃腸炎か、もしくは世間を騒がせている例のアレ。PCR検査は2回受けたがともに陰性だった。熱は高くても37.4度程度。1日の中で何度も体温が上下を繰り返す「間欠熱」は、陽性で入院した某女性アナと同じだが、ウイルスの「量」が違っていたのかもしれない。

 テレワークとなったために、寝込んだ連れ合いとは24時間同居。つまり私は「偽・濃厚接触者」なのか?思い当たる症状はある。数日間は少し熱っぽかったし、2月まで東京マラソンに出るために1週間に1回は20キロ以上走っていたのに、1キロを散歩するだけ、そして最悪の日には寝ているだけで息苦しくなった。

 では連れ合いがウイルス性胃腸炎だったとしよう。すると私の症状は例のアレによる感染ではなく、テレワークによるストレスに起因しているということになる。それまでは会社まで往復1時間のチャリ通勤。今までそれが健康にいいとか、運動になっている、とか考えたこともなかったが、仕事を始めるまでの適度なウォームアップだった可能性がある。

呼吸器専門内科で検査を受けたら、吐き出す力を示す数値(スパイロメータの1秒率)が基準値をはるかに下回っていた。「これでは苦しくて当たり前ですよ」と医師に言われ、ついに投薬治療を受ける結果となった。さて私の健康が悪化した原因は何だったのか?現在の医療システムでは「正解」がわからないのであとは自分で対処していくしか方法はない。

 では私が真の濃厚接触者だったとしよう。息苦しさはあるが発熱はしていないし咳込んだりもしていない(喘息持ちではあるが)。つまり崖っ縁の向こうには落ちてはいかなかった。危機感を持って服用したのは葛根湯と補中益気湯の漢方。イチゴ、プチトマト、グレープフルーツ、りんご、パイナップルといったポリフェノール高めの果物と野菜。そして生姜湯。もし私がアレだった場合、これらが私の背中を引っ張って崖の向こうに落ちていくのを食い止めたことをご報告しておく。なお医学的証明は不能。アマビエの方が役に立つかもしれないので各自の判断にお任せします。 

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目に見えぬ敵 2020/3/26

1898年、英国の作家、H.G.ウェルズが発表し、その後何度も映画化されている「宇宙戦争」では、地球を侵略しようとした火星人(もしくは宇宙人)が最後に病原菌に犯されて倒れていく様子が描かれているが、皮肉なことに、現在「目に見えぬ」敵で倒れているのは地球人、つまり我々だ。

どんなに経済を活性化させ、テロを封じ、領土を拡大させようとも、人間は自分たちよりはるかな小さな相手をコントロールできない。万全だと思われた医療体制が実はそうではなく、「外出を控えよ」「旅行は避けよ」「マスクやトイレットペーパー、食料を買い込むな」と言われても世界各地でブレーキをかけない人たちが続出。新型コロナウイルスは人類の免疫的不備と、心理的欠陥の両方をついて社会を脅かしているような気がしてならない。
「Social Distancing」という言葉もひんぱんに見るようになった。イタリアとスペインでは「ハグ」と「キス」に代表される日常のあいさつが弊害となった可能性があり、日本では「満員電車」が懸念されている。小さくとも実にやっかいな大敵。おそらく全員が最後まで結束することのない人間社会は、これとどう向き合っているのか?さて、きょうも手をしっかりと洗わなければ…。  

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人間は無力だ 2020/2/14

マスクがない。新型肺炎だけでなく花粉症予防にも必要なのだが、どの店頭にもないのは日本だけの光景ではないだろう。

 

ネット通販では一時、箱売りで4万円以上の値がついていたが、需要を見越して買い占める人間の「民度」の低さには驚いたし、その商品を堂々と受けつけてしまう通販サイトの「理性」のなさにも空いた口がふさがらなかった。もしインターネットがなければこんな現象が起きなかっただろうし、ある意味、人間はおそろしく価値のないものを作り上げてしまったような気がしてならない。
 私の花粉症歴は年齢とほぼ同じ。長い付き合いだ。現在、自宅にストックしてあるマスクは数えてみれば60個ほどしかない。これを妻と分け合うので、タイムリミットは1カ月先だ。薬である程度は抑えられるが、自転車で通勤している私にとって、この時期マスクがないととてもつらい。1カ月でマスクが量産され、店頭に戻ることを祈るばかりだが、花粉症と戦う多くの人たちと同様、かなりの不安感がある。
 人間は無力だ。新型肺炎に対抗するワクチンや治療薬といった「ツール」は目下のところない。すべてはその人の免疫力にかかっている感じだが、60代となってしまった私にとってその免疫力はまさに宝。ネット通販のマスクは買わないが、もし「免疫力」という商品が4万円で売られていたらポチっとクリックしてしまうだろう。
 東京五輪が迫っている。高齢の某組織委員長さんは「延期や中止は検討していない」とおっしゃったが、おいおい、五輪というのは「命」よりも大切なものだったのか?あらゆるものがねじ曲がり、歪んでいるような感のある2020年。さて私はこの不安定な1年を生き延びることはできるのだろうか? 

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また1つ年輪を 2019/12/19

年賀状を出さない面々が増えた。ソーシャルネットワークで「お断り」をしてくる友人もいる。 

ハガキは1枚63円。教師だったうちの両親は元気だったころに2人で500枚近い年賀状をせっせせっせと書いていたが、生きていたらさぞかしそのコストの高さに音を上げることだろう。テレビのコマーシャルでは「嵐」が手書きの中にある心遣いを強調していたが、「LINE」や「FACEBOOK」でつながっている人たちには無料ですむ新年のあいさつのほうがむしろ「標準」になりつつある。
姪っ子たちに「プリントゴッコ」という年賀状印刷には欠かせなかった季節を代表する印刷機を説明してみたが理解してはもらえなかった。だんだん昭和が遠のいていく気分になったがこれも時の流れなのだろう。そのくせ、クリスマスカードは手書きのカード。どうも「おじさん」にはその心理がよくわからない。その勢いで?年賀状も出せばいいと感じたりもするのだが、1月1日になれば「明けオメ」の文字をLINEに打ちこんで新年のあいさつは終わるようだ。
令和2年というのも間が悪い。元年ではないのでどうも年賀状製作に気合が入らない人も多いのではないだろうか?1月に元号を変えていればこうはならなかったはずだが、日本の文化はいろいろな条件が加わって「景色」を変えようとしている。
私は毎年のように手帳は買っているが、これも若い人はスマホのスケジュール・アプリですませるのが定番のようだ。会社で日々、大学ノートなるものにメモをとって仕事をしているのは周りを見渡しても私1人。「ペンだこ」という人生の勲章?を指に刻んでいる若い衆は皆無だ。
まもなく2020年。様々な価値観が変化する中で私はまた1つ年輪を重ねる。次に若者から置いていかれるのは何になるのだろう?けっこう、これが楽しみでもあるのだが…。 

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迷消費税 2019/10/3

消費税が10%になった10月1日。東京下町に店舗を構えているスポーツグッズ専門のディスカウントショップをのぞいてみた。 

ところが前日までと値段は変わっていない。レジの前にいた店主に「大変ですね」と声をかけたら、「はい、そうなんです」と言葉を濁しながら苦笑していた。なにせ2%分を負担しているのは店のほう。ここはかねてからずっと税込みの価格を全商品にシールを貼って表示していたので、いまさらすべてのシールを貼り変えるわけにはいかないのだろう。加えてレジそのものを見てみると、どうも旧式のままで、新たに導入した形跡がない。こんな小規模の店は全国各地にあるだろうから本当に大変だと思う。お菓子の箱の下に金貨がしのばせてある贈り物をもらっているどこかの会社のおエライさんにはわからないだろうが、小さな企業や店の「主人たち」は、その日の経営を成立させるための苦悩が今後も続くような気がする。
さてそのディスカウントショップで私は2500円のバスケットボールのボールを買った。9月30日までは8%の消費税だったので本体価格は2315円。それが10%になったので10月1日からの本体価格は2273円となった。つまり私は同じ商品を同じ値段で購入しながら「42円のお得」となったわけだが、なんだか喜べない。政府も消費税を上げたので「一件落着」ではなく、現場で何が起こっているのかを自分で足を運んで見てほしい。システムについていけずに「減収」となる人たちがどれほどいるのか?というデータなしに、この問題は終わりにしてはいけない。
9月30日。100円ショップでテーピング用のテープを買おうとした私は、レジの前にできていた長蛇の列を見て買うのをやめた。大型消費財を買うなら増税前に買ったほうがいいと思うのだが、「100均」の商品で受ける恩恵は微々たるものだろう。しかし金の延べ棒やスーツのお仕立て兼をもらえない庶民の感覚はそうではないようだ。
 スーパーではまだ「軽減税率」を理解していないと見られるおばちゃんが5キロの米を2袋買って重たそうにレジに運んでいた。「お米は8%のままなのに…」。誰か声をかけてやってくれまいか、と思いながら、私はおばちゃんの背中を見つめていた。
 さて、これでいいのか消費税?しばらくの間、わが国では「迷走」が続くことだとう…。 

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No Jazz , No Life 2019/8/18

今年で10回目を迎えた「すみだストリート・ジャズ・フェスティバル」をのぞいてみた。私も下町在住なので10年連続10回目の参加。 

 コンサート会場はJR錦糸町駅周辺で40カ所以上もあったが、さすがに暑いのでコンサートホールで聴くことにした。全ステージ無料。そんなジャズ・フェスは珍しいことではないと思うが、私の前で歌っていたのは阿川泰子であり、トランペットを吹いていたのは日野皓正であり、ピアノを弾きながら絶妙のトークを繰り広げていたのは綾戸智恵。これをお金を払わずに聴くことができたので大満足である。
 もっとも裏方さんたちは大変だと思う。大会委員長は存じ上げているが、まさに「ゼロ」からこのイベントを立ち上げたエネルギッシュな方。「時期尚早」という人は何年経っても「時期尚早」と言い続けるが(たぶん)、何事も「やってやる」という意思があれば、すべてそこから道が開けていくという典型的なケースだ。
 運営費はTシャツなどの物品販売で賄われるが、協賛スポンサーの出資分を併せても決して恵まれているとは言えないはず。それでいて多くの人が音楽に親しみ、演奏するミュージシャンたちもそれぞれライブでしか味わえない緊張感を楽しんでいた。綾戸さんは「私はみなさんに力をもらっている」と笑いながら言っていたが、それは決してウソではないだろう。
 お金は何に使うべきか?年をとってくるとかなりの頻度でこんなことをよく思う。私は演奏は無料で聴いたが、出演者のCDを2500円で買い、おつりの500円を、スタッフが持っていた焼酎の空ボトルで作った募金箱に入れた。お金を払ってこんなにいい気持ちにさせられる場面もそうはないだろう。せちがらい世の中だが、わずかな時間とは言え、心が洗われたような気もする。No Jazz , No Life(ジャズなくして人生なし)。オリジナルTシャツに書かれていたその言葉が暑さを吹き飛ばしてくれた。 

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自然治癒あるのみ 2019/6/25

 右手の小指を脱臼してしまった。指先があらぬ方向に曲がり、自分で元に戻したが「パカッ!」という音が響いたあとに、激痛に襲われた。

「重度の突き指」と自分で判断して病院には行かなかったが、2カ月が経過しようというのに、指は曲がったまま。まっすぐ伸ばそうとすると「ブレーキ」がかかるような感じで、痛みもまだ残っている。さてどうしようか…。レントゲン検査をすれば状態は判明するだろう。しかし関節にぴったりはまっていない場合、次にやってくるのは「手術」という処置。普段の生活にさほど問題はないが、スポーツをしようとするとけっこうやっかいなので選択肢のひとつには入れている。なのでシニア・バスケのチームに在籍する身でありながら、最近は「応援団」に回っている。パソコンのキーボードは打てるのだが、ペンを持って紙の上に字を書こうとすると小指が真下になって圧力を受けるので痛みが走る。やれやれ。指の脱臼なんて、放っておけばそのうち治るだろう、と軽く考えていたが、これは結構やっかいだ。
 右の股関節も悲鳴を挙げるようになった。フルマラソンもこなしていたが、最近では10キロを超えるとジンジンと鈍い痛みが走る。還暦を越えると、今まですぐに治っていたパーツが、老化の影響で劣化が進行中。こうなると頼るものは消炎剤とサプリメントになるのだが、少なくとも「膝関節に効果があります」とうたっているグルコサミンと硫酸コンドロイチンやコラーゲンは私の「患部」には何の変化も与えていない。ただし「老いていくのが普通。動かなくなるのが当たり前。痛みがあるのが日常」と考えた方を少し変えると、向き合う姿勢は少し違ってくる。病気ではないので、それは年齢を重ねてきた自分の体の「新たな局面」ととらえると、精神的にへこたれることはない。ということで、病院にはまだ行かないことにした。可能な限りの自然治癒あるのみ。踏ん切りはついた…と思っていた矢先に見てしまったアマゾンのサプリメント・コーナー。まあなんと種類の多いことか。「おぬしもワルよの~」。こうやっておじさんの手元からお金がなくなっていくのでしょうね。ふう。  

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元号ビジネスと白いそうめん 2019/5/7

 ホンジュラス産のメロンなのにパッケージには「新元号発足 祝・令和」と書かれていた。298円という価格を割り引くつもりはないらしい。 

 どうも祝賀ムードが漂ってこないので買わなかった。「令和元年」と書かれたカレンダーも売られていた。5月から12月までの短縮バージョンで1080円。1~4月分がもったいないような気がしたので買わなかった。
 そうめんはいつのまにか「紅白」の2色になっていて「祝・新天皇即位」と書かれていた。まず間違いなく味に違いなどないので、賞味期限が迫っているゆえに2割引きになっていた同じメーカーの「白」だけのそうめんを買った。ある日本酒はラベルに大きく「令和」と書かれていて、銘柄はワンサイズ小さな文字でその横に押し出されている。一番下を見ると「特別純米酒」と記されているが、「特別」なのは日本酒の醸造プロセスではなく新元号誕生にともなう売り手側の気分だと解釈することにした。日本の国民食「カップ麺」にも令和の文字。いやはや、いったいこの手の商品がこの短期間でどれほど全国で流通するようになったのだろう?それなりの経済効果があればいいなとは思うが、世の中には私のようなひねくれた消費者もいるので「元号ビジネス」が思った以上に順調に行くとは思えない。
 同じようなテレビ番組、同じような見出しの新聞に飽きた方々も多いことだろう。なにせ元号がこのような形で移行するのは、今生きている人たちにとっては初めて。「マニュアル」がないので、作り手も買い手も対応と反応が難しい。さて本当の意味での祝賀ムードはあったのだろうか?5月1日以降の1週間は何か新しいものを見つけながらも、何かに迎合し、何かを我慢していた日々ではなかったかと思う。
 もちろん新しい時代に生きているのだなあ、という実感はある。令和の日々が平穏で平和であることも切に願う。なので現実を直視しよう。令和を生きるというのはまずそこから第一歩を踏み出すことだろう。我が家に存在する唯一の記念グッズは、その日配達された新聞の1面の日付の部分を切り取ったもの。1面がどんな内容かは日付を見ればわかるので残さなかった。断捨離という終活を考えねばならない世代に入り込んだので、できるだけ何も残さないように生きることにした。昭和のころに明治と聞くと「ずいぶん前だな」と思っていたが、今その昭和があのころの明治と同じ位置にいる。
時の流れは一定だが、心と頭の中での流れゆくスピードは現実よりも速いような気がしてならない。さてこの先、どうやって生きていこうか。白いそうめんでもすすってから考えてみよう…。

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花粉症の季節 2019/3/11

 保湿成分配合というティッシュを使っている。鼻水が間断なく出てくるので、この時期の必需品。何度、鼻をかんでも鼻先は赤くならない。 
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 花粉症歴が年齢とほぼ同じの私にとっては厄介な季節だ。小麦粉アレルギーでもあるのだが、先日、トンカツを一切れ食べただけで鼻水が止まらなくなった。えっ、因果関係がわからない?豚肉に問題があるのではなく、「衣」がパン粉ゆえに生じてしまうアレルギーの連鎖。パン粉は小麦粉が原料であり、私の場合、油と反応した小麦粉は少量でも体に負担がかかる。春先でなければせいぜい肌がかゆい程度に治まるのだが、この季節は不幸なことに花粉症と直結。体の中でアレルギーのスイッチがいっぺんに2つ入ってしまうような感じで、しばらく「グルテン・フリー」のものしか食べられなくなった。
 「眠くなりにくい」という抗アレルギー薬は効果があまり見られない。すると薬の副作用ゆえに仕事はけっこう「睡魔」との闘いになる。これを緩和させる意味でコーヒーをいつもよりたくさん飲む季節なのだが、カフェインを摂取しすぎると胃弱の私にとっては食欲減退という副作用がもたらされる。昔に比べれば、薬やマスクや花粉除けのスプレーなど多くの商品が各段の進歩を見せているようだが、アレルギーそのものを「根絶」させる方法を人類は知らない。花粉症で死ぬ人はいないので(たぶん)、「症状が軽くなるなら、このへんでもういいでしょう」的な動きしかないようで、進化の歩幅はきわめて小さいように思える。
 風呂に入ったらバケツに残り湯を汲んで寝室におくことにしている。自家製の?加湿器。「敵」は乾燥した空気ではなく、部屋にまぎれこんでいる花粉だ。我がマンションはご丁寧に建物内の空気が外気と自然に循環するように喚起面で考慮された設計になっているようだが、花粉症の季節だけは大きなお世話。室内にいても「敵」と対峙しなくてはならない。
 寝るときも花粉防止用のメガネをしているきょうこの頃。「うどん」「ラーメン」「パスタ」「パン」「ケーキ」「クッキー」「ビスケット」「揚げ物」…。さてこれらを食せる日はいったい、いつになるのだろうか…。 

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亀さんランナー2019/2/8

フルマラソン用のシューズを買い替えようと思った。 

 店舗で実施していた足裏チェックを受ける。「お客様の左足は少々、扁平足(へんぺいそく=偏平足という表記もあり)気味ですね」と言われた。なぜかムカッとくる。なんだこの怒りの源は…。冷静に考えた。そうか、扁平足はその昔、いじめにも使われた非難中傷の定番フレーズのひとつだったような気がする。地面からの衝撃を和らげる「土踏まず」がないゆえに、走るのが、そして歩くのが遅い人間。確かに根拠もなく言われるとちょっとへこむ。調べてみると徴兵制度をとっている国ではかつて「歩行に障害が出る」という理由で兵役を免除されるケースもあったそうで、世界的な物理学者、アルベルト・アインシュタインもこれゆえにスイスでの兵役を免除されている。そう、これはれっきとした「身体的ハンデキャップ」だったのだ。
 ところが現在においては「インソール」なるものをシューズに入れてしまえばこの問題はかなりの確率で解決する。さらに「扁平足サポーター」もあれば「扁平足アーチ・サポーター」というのもある。すでにネガティブな言葉ではなく、視力の悪い方がメガネをかけるのと同じ感覚になってしまった。
 さて私はどうしたか?実はインソールもアーチ・サポーターも購入しなかった。その代わり、俗に言う「厚底シューズ」を買ってしまった。最近のマラソンの世界のトップランナーはそのほとんどがN社の厚底系だが、彼らが履いているシューズは無理やりつま先にウエートがシフトして前へ前へと突き進むようにできているので、私のような「亀さんランナー」には合わない。なので、かねてからフラットな厚底シューズを各種作っていたH社のシューズを買った。ランニング・シューズといっても、人気ブランドは1万円札一枚では買えない時代。高くついてしまったが私の判断は正しかったのか?レース本番が迫っているが、コスパに見合わない結果だったらどうしようという不安が脳裏をよぎる。「頼むぞ、扁平ちゃん!」。シューズを履く前に必ずこうぶつぶつ言う日が続いている。 

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ばっくれられない時代 2019/1/11

 スマホが壊れた。どうやっても画面が動かない。ショップへ持ち込んだが初期化もできなかった。

原因不明。若い担当者は意外にも?悲しい顔をしているおじさんを見てきちんと対応してくれた。メーカーに直接電話して修理方法を聞きながら2時間にわたって私のスマホをあれやこれやといじってくれた。でも結局、元には戻らなかった。
 困った。電話番号だけでなくいろいろな個人情報が詰め込まれている。SDカードへのデータ保存も怠っていた。仕事でも困るので新しい機種を買うしかなかった。周辺機器を含めて6万円ほどの出費。壊れたスマホの寿命はわずか2年だった。
 携帯電話やPHSやポケベル時代にはそんなことはなかった。スマホで生活は便利になったことは事実だが、ハードのセキュリティーや耐久性はまだまだなんだなあ、と感じざるをえなかった。
 さて新しいスマホは以前のスマホ同様にOSはアンドロイドだが、使い方が少々違う。なにせインターネットにアクセスすると、私はまだブックマークができない。なので試行錯誤の日々が続いている。時代についていくのは少々骨が折れる。休日に会社から電話がかかって「現場に行ってくれ」と頼まれるのを恐れ、早朝から自宅を出て「ばっくれて」いた時代が懐かしい。すでに姪っ子たちは黒電話を知らないし、公衆電話で電話をかけた経験もない。元号がまもなく変わる2019年。この先、世の中はどうなっていくんでしょうね? 

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青魚党員の愚痴 2018/12/5

NHKの某番組で血糖値を下げるには青魚に含まれるEPA(エイコサペンタエン酸)がいいと紹介していた。嫌な予感がした。 

 「またかよ」とも思った。DHA(ドコサヘキサエン酸)とともに、青魚に含まれるこの成分が、やれ認知症予防にいいだとか、サラサラの血液には欠かせないとか、心筋梗塞や脳梗塞の予防にいいとか、紹介されるたびに、近所のスーパーからイワシとアジが消えていく。案の定、オンエア翌日から、頭を落とした状態で1尾50円で売られていたイワシの姿がなくなった。アジの刺身も鮮魚コーナーにはない。理由は2つだろう。私が行く前に番組に感化された人たちが買ってしまったか、あるいは、人気急騰で値が上がってスーパー側が仕入れを断念したか…。皮肉も夜8時を過ぎて売れ残っているのは青魚の中ではもっとも身が豊富なサバの切り身。私は別に単純に青魚が好きに過ぎない人間なのだが、突如、押し寄せてきたイワシとアジを「神格化」する動きの前に食卓から好きなものが消えてしまった。
 健康志向の強い方へひとこと。もし効率よくEPAとDHA、さらにアンチエイジングの筆頭格でもあるアスタキサンチンを摂取したいなら、これが全部含まれているサプリがきちんとしたメーカーから、ほどほどの値段で売られているのでこちらのほうがベターだ。なので「青魚党員」の縄張りを勝手に荒らさないでほしい。さすがにサバは塩焼き→味噌煮→塩焼き→味噌煮のローテーションで回してみたが4日で断念。我が家では今、イワシとアジは「幻の高級魚」。さて、いつまでこの状態が続くのだろうか…。 

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長崎の面影 2018/11/6

長崎の町を歩いた。祖母がいた影響で小学校時代の夏休みと言えば長崎での生活。 

しかし当時の面影を探すのはけっこう大変だった。JR長崎駅はその先にはもう駅がないので駅舎の向こうには市街の風景が広がっていたはずだが、いつの間にか駅ビルが出来ていて私の記憶はまずここでひとつつぶれてしまった。
路面電車の長崎電鉄の線路はそのままだったが、駅名が微妙に変わっていた。観光スポットに合わせた名前に変更したようで、確かにわかりやすいのだが、昔を思い出そうとすると私の頭の中では混乱してしまった。
到着したその日の夕方は土砂降り。そう、確かに「長崎はきょうも雨だった」のだが、かつてはここで轟音が響く集中豪雨を経験したこともあって、耳元に入ってくる雨音が小学生のころの恐怖心を呼び起こさせた。
時代は変わる。スポーツ施設は立派になっていた。昔はなかった大きな体育館と競技場があり、もし今ここで少年時代を送るなら、ずいぶんと夏休みの過ごし方も違っていただろうと思ったりもした。工場からもれてくるカステラの匂いは「鼻の記憶」として残っている。すでに祖母も他界しているが、私にとっては思い出深い場所。気が付けばなんと外国人観光客の多いこと。経済はここでも昔とは違った形で回転しているのだなあと痛感した。
JR長崎駅から博多駅を目指した特急は満席。自由席には立っている乗客があふれていた。閑散としていたあの頃の電車とは隔世の感がある。自分も随分と年をとったんだなあ…。車窓から見える有明海を見ながら時間の重みと深みを痛感してしまった。
 

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スマホライダー2018/10/10

もう20年以上、自転車で通勤している。片道6キロ。多くの仲間はそれが健康のため、と思っているようだがちょっと違う。 

 狭いところに押し込められるとパニック発作を引き起こす(閉所恐怖症とも言う)ので、満員電車に乗りたくないのだ。極力その危険性のある状況に自分の身をさらしたくないだけ。結果的に健康にはつながっているとは思うが、理解してくれる人はなかなかいない。
 さてその20年でずいぶんと自転車に乗っている人間のマナーは悪くなった。雨の日に傘をさして自転車に乗るのは論外。私は山用の雨具を着て雨の日も「チャリ通」を続けているが、東京・下町の狭い路地を傘をさして乗っている「アウトロー」の数は確実に増えたと思う。さらに一方通行の道や幹線道路ではせっかく路面の左側に自転車の進路が青いペンキで描かれたりもしているのだが、私がその矢印に向かって漕いでいると、必ずといっていいほど真逆(一方通行の道だと右側)から向かってくるチャリのライダーがいる。しかも時折、スマホを見ながら乗っている道交法違反族もちらほら。全国で自転車による事故が多発しているのは、ひとえにこのスマホの「ながら運転」が原因かと思われるが、警察がほとんど取り締まろうとはしないので、日々、そんな無法者を見かけている。
 先日はついに怒鳴った。「逆走だろうが!」。青い矢印に逆らって向こうから堂々と自転車を漕いできた女性に声を荒げてしまった。しかも片側3車線の幹線道路。まさかそんな広い道路で無謀なことをやるとは思っていなかったので、その女性の身の危険も考慮して?厳しく注意した。
 本来、もっと警察当局が目を光らせるべき問題。でも現実には野放しといったほうがいい。法律と遵守させるべき方法論は提示されたが、現実が伴っていない典型かもしれない。
 さてきょうも今から某有名メーカー製で変速機のないシングル・ギアのマイ・チャリで自宅へと向かう。いちおう曲がりなりにもママチャリよりはグレードの高い自転車なので誰ともぶつかりたくはない。お願いだから逆走するなよ、スマホは見るなよ、傘はさすなよ…。心の中でそうつぶやく日々はきょうも続く。
 

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普段はノーガード 2018/9/6

冬山で雪崩に遭って雪に埋もれてしまったとき、ピンポイントで自分の居場所を知らせてくれるのがビーコン。 

 この小型発信機は今や、子供や徘徊する認知症の高齢者用にも使われている。手元にスマホがあればすぐにどこにいるのかがわかる。
 登山用のストーブ(バーナー)があればガスや電気がなくてもお湯を沸かせるし、料理もできる。私は6年前、落雷の影響で動かなくなった特急電車の中で、お湯を沸かしてアルファ米のパックに入れ、「ディナー」を作って飢えをしのいだ。車両内は火気厳禁。しかし8時間もの遅延となると、乗務員も見て見ぬふりをしていた。燃費の良いジェットボイルは湯沸し専用。少なくとも輸送機関となる企業はまさかの事態に備えてこれを「常備品」として置いておいてほしいものだが、そんな動きがあったというニュースはいっこうに聞かない。
 一応、山に行くときには簡易トイレを1つザックの中に入れる。昔と比べて最近では軽くて便利な商品が増えているので、これもまさかの時に役に立つ。(もっともまだ使った経験はないのだが)。
 45リットルのザック上部のチャックには細長いホイッスルを装着させている。笛を吹けば緊急事態を近くにいる人に告げることができる。これも使ったことはないが、私にとっては言わば「お守り」代わりである。
 さていつも思うことがある。自分を含めて山に行くときには用意周到なのに、普段の生活ではいつもノーガードだ。まさかのときに対処できる装備があるかと言えば、私とて答えは「NO」だ。その一方で、ここのところ大規模な災害が多発。洪水、冠水、強風、地震が起こったとき、自分は本当に大丈夫なのか?関西国際空港を襲った台風、北海道で発生した大きな地震を伝えるニュースを見て、今、自分自身を考え直している。
 アウトドア用品を販売している企業の方にお願いしたい。災害時に使える商品は昔から多いとほとんどの人が知ってはいるものの、一般家庭に普及したとはとても言えない状況だ。私も啓蒙活動に加わるので、ぜひ、社会通念を変えてほしい。災害国家のニッポン。備えがあれば救われる命がきっと多数あると思う。
 

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健康増進の罠 2018/7/31

 かかりつけの病院はいつも混んでいる。

 インターネットで1週間前の午前10時から15分刻みで予約を入れられるが、その午前10時になると同時に希望時間をクリックしたら、すでに「予約が入っています」というメッセージ。まるで人気チケットの販売開始時のような秒単位の戦いだ。やむなく希望時間より30分後の枠を抑えたが、インターネットをやっていない妙齢の女性は受付で愚痴を言っていた。「私、スマホもパソコンも持っていないからインターネットで予約なんかできないわ」。受付嬢は「すみません。予約はこの方法しかないんです」と申し訳なさそうな顔をしたが、パソコンでの予約のやり方を教えるわけではなかった。
 この女性は午前10時半に病院にやってきたというのに、結局、予約外の患者を診る午後6時以降の「飛び込み枠」に回されてしまった。たぶん私なんかより重い症状を背負っているはずだが、病院での優先順位は後回し。日本の医療はこれでいいのか?そう考えさせられる一幕だった。
 保険大手の会社が、健康増進の取り組みに応じて保険料が増減する新型保険を発売した。健康診断を受診し、携帯アプリで記録した歩数や心拍数、参加したマラソン大会などの情報に基づいてポイントが与えられ、最大で3割ほど保険料が安くなるという商品。還暦なのにフルマラソンとバスケ、登山をやる私にとっては願ってもない保険だが、たぶん入ってしまうとポイント稼ぎのために必要以上に体を動かし、かえって体を壊す自分の姿がもう見えている。健康増進保険を安くしようとしてケガをしたときの「保険」がもうひとつ必要かもしれない。
 日本は長寿の国だ。だが中身は決して健全とは言えない。結局のところ「健康寿命」を保つのは自己責任。とりあえず猛暑で倒れないように細心の注意を払おうと思う。このままでは熱中症で倒れても救急車が順番待ちになる恐れもありそうだから…。 

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じんましんと共に 2018/7/3

「慢性じんましん」と診断された。依然から運動したりするとお尻や脚がかゆくなっていたが、現在では何もしなくても体のあちこちがかゆい。アレルギー用の薬を服用しているが、はっきり言って、ほとんど効果がない。また皮膚科の病院に行かねばならないと思うとちょっと憂鬱だ。 

 唯一逃れる方法は目下のところ、近所にある天然温泉の銭湯に行くこと。もっとも「冷やす」ことが目的なので、熱い湯舟にはつからず、ひたすら水温25度の冷たい源泉の浴槽につかっている。2時間つかって、その後3時間程度は平穏無事でいられることがわかった。なので黒湯と言われる東京下町の冷泉は、私を救ってくれる唯一の味方だ。
 花粉はもちろん、小麦や牛乳、卵にアレルギー反応があるので、たぶん、それがなんらかの原因で影響しているとは思うが、じんましんに対する特効薬というのは実はない。開発してくれたら全財産、あ、その一部、というかできるだけたくさんの額を確実に投じると断言するが、薬のメーカーの方々、どうでしょう?
 かゆみが増してくると、そのかゆみそのものより、イライラして迷走してしまう精神面の方が大きな問題で、「我慢、我慢」と言い聞かせる日々が続いている。
 年を重ねると体も変化する。耐えられると思っていたことに耐えられなくなる。それを「老い」と言うのだろうが、これは想定外。ブログやサイトでじんましんに苦しむ方々の経験談を読んでいるが、まだ解決策が浮かんでこない。
 還暦目前。とは言っても、先は長い、と踏んでいるだけにこれは乗り越えなければならないハードルだ。さてどうしよう。身近にある役に立つモノと言えばケーキなどの箱に入ってくる冷却剤の小さなパック。1日中、冷泉につかっているわけにもいかないので、かゆくなるとこれを肌に押し付けている。ただし股間と臀部がかゆくなった場合はちょっと困る。会社にいる場合は冷凍庫の底に置いてある冷却剤を持ってトイレへ。あとは聞かないでほしい…。 

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誰が処方箋を書くのか 2018/5/30

 アメリカン・フットボールの違法タックルがいろいろな人間社会を映し出している。 

 関西学院大のQBを負傷させて罪の意識にさいなまれて「もう二度とアメフトはしない」と頭を下げた日大の選手。「すべての責任は私にある」と言いながら、「指示はしていない。考え方に乖離があった」と責任を事実上、その選手に押し付ける監督とコーチ。自分たちで会見を開くとメディアに知らせたのに、「同じ質問ばかりなのでこのへんで打ち切ります」と強引に幕引きを図った大学の広報担当。彼が発した「(日大ブランドは)落ちません」というフレーズは、今や平昌五輪のカーリング女子で銅メダルを獲得した日本代表の「だよね~」を皮肉にも上回る注目度となった。ダンマリを決め込む日大の理事長。被害を受けた選手の父親の、日大関係者とは対極に位置しそうな理路整然とした言葉の数々。おそらく、こ れまでアメフトに興味も関心もなかった人も、今回の騒動をずっと眺めていることだと思う。
 同じことが米国で起きたらどうなるか?まず無防備になった選手へ最初のタックルを仕掛けた時点で一発退場だし、それを放置するなら、すべての大学スポーツを管理、運営している全米大学体育協会(NCAA)がすぐに審判を含めて関係者を処分するだろう。1週間を待たずして違法タックルをした選手には出場停止処分、当該審判は公式戦の「クルー(審判団)」からは外されて予備審判に格下げとなるはずだ。監督とコーチは大学自体から処分されるはめになり、以後、大学に居場所はなくなる。(もっとも過去にこんな信じられないタックルの例がないのでわからないが…)。とにかく競技の枠を超えた統括組織が最上部機関として存在するからすぐに何かが動く。日本も今、NCAAと似た組織の構築を目指しているというが、それにはまずこの国の最高権力者がパワーを使わないと「抵抗勢力」を駆逐することはできないだろう。
 事件は悲しいものだったが、とりあえず、日本の大学スポーツ界が抱える「病巣」は見えた。あとは誰が治療し、誰が処方箋を書くのか…。そこだけの問題だ。もっとも私が生きている間に「治癒」までたどり着くことはないだろう。なので次のリーダーさん、「忖度」で括られる問題は起こさずに、たまにはスポーツにも目を向けてはくれまいか? 

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告知 2018/4/21

 AICS(アミノインデックス・がんリスク・スクリーニング)という検査を受けた。人間ドック受診の際に提示されたオプションの行使。 

別途2万3000円もかかったが、まもなく還暦となる自分の体の奥深く?を少しだけ見たかった。
AICSは血液中のアミノ酸濃度を測定し、健康な人とがんである人のアミノ酸濃度バランスの違いを統計的に解析。そのデータをもとに現在、がんであるリスクを評価する新しい検査。男性では胃がん、肺がん、大腸がん、膵臓がん、前立腺がんの合計5種の早期がんに対するリスクを評価できると言われている。検査は人間ドックとは別に血液を採取。あとは寝て待つだけだった。
2週間後に検査結果が入った封筒が届いた。正直、開けるのが怖かった。よくよく考えたら、がんを告知されるなら主治医にされた方がいい。励ましもされ、慰めもされ、背中を叩いてくれるような気がするからだ。ところが印刷された紙は何も言ってくれない。「ああ、どうしよう…」。検査は簡単だが、これは結構、勇気が必要なやり方かもしれない。
結果は全部、陰性。胸をなでおろしたのは言うまでもない。ただ、これまたオプション(有料)で受けた腫瘍マーカーは、肺がんの指標となる「CYFRA(シフラ)」で基準値を超えていた。おいおい、AICSは陰性なんだぞ、という私の心の中で沸き起こってきた抗議は受け付けてくれない。やっぱり医療は「人」と接していないとだめだな、と思いつつ、やむを得ず再検査に赴いた。
幼いころから右の肺の上部に3センチ大の影が写るので「たぶんそこだろう」と思いつつCTスキャンの検査を受ける。そして呼吸器の専門医から告げられた。「ああ、これは結核痕ですねえ」。2度目の安堵のため息。大きくならないことを確認するために半年後に再検査となったが、自分的には大丈夫だと感じている。
さてここで大昔に記憶を戻さなければいけない。母が私の肺にあった影を心配していたのは小学校5年のとき。つまり約半世紀も前、私は結核に罹患していた可能性がある。しかし学校を休んだのは年間で数日ほど。すると、当時、同級生に結核を感染させた、あるいは同級生から感染した、という2つのケースが考えられるのだ。
希望する可能性は後者の方。前者だと、けっこう迷惑をかけたやつがいるかもしれない。それがもし初恋の彼女だったらどうしよう…。いい年をして、今、そんな心配をしている。がんではなかったので現在の不安材料はこっち。連絡先はわかるので、手紙やメールではなく「声」で確認しようと思う。医療はやはり「人」あってこそ。健康でいるのは結構、お金と時間と手間ひまがかかりますな…。 

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楽観系行動型 2018/3/17

 「橈骨(とうこつ)神経の麻痺」と診断された。左手親指の先端から手首、上腕にかけて「1本のレール状」にしびれと無感覚の部分がある。 

肩に近い僧帽筋の付け根は、まるでそこが痛みの「発信源」のような感じ。空を見上げようと首を曲げると痛むので、青空と雲とは無縁になった。うがいをするとそこが痛むので、私のうがいは今、首の角度が不完全なままで「グルルル~」という妙な音を立ててすぐ終わる。医者もこの状態では治療の方法がないので「経過観察」という名の「お手上げ状態」となった。
 原因は東京マラソン。走り込み不足のまま挑んだ通算5回目のフルマラソンは、気温6度という低温も加わって辛かった。28キロすぎの銀座周辺は一番、応援する人が多くて賑やかだったはずだが、すでに体力を使い切っていた私は記憶がおぼろげだ。ずっと下を見て走った影響かもしれない。そしてその姿勢が橈骨神経を痛めたと自分では分析している。
鍼治療も受けたが効果があるとは言い難い。しびれの改善を目的にビタミン12とビタミンEの錠剤を処方されたが、もし治ったとしてもそのせいではないだろう。ただ、他に頼るものもないので、しばらくは続けようと思う。
老いていくと、自分では予想もしなかった体のパーツが悲鳴を上げ始める。59歳にして人生初のギックリ腰も経験したが、なるほど、とてもじゃないがしばらく動けなかった。さて、人間はここから2つに分かれると思う。痛みに耐えかねて動くのを控える悲観系静観型か、動いて痛めたものは動いたら治るだろうという楽観系行動型のどちらか。自分が前者でないことだけはわかっているので、これから自分でいろいろなことをやってみようと思う。どっちにしろ医者が治せないのだから自分でなんとかしなくてはいけないのだ。ではきょうは肩をぐるぐると回してみようと思う。麻痺した橈骨神経が「なんかの間違いでは?」とびっくりして元に戻ることを祈りながら…。
ありがとう
 

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アルマーニありえん? 2018/2/12

 小学校にアルマーニの制服が必要なのかどうかが問題になっている。

公立の小学校時代に私服しか着たことがない私は、最初どう反応していいのかわからなかった。
 銀座という土地柄を考えると、何かステータスが欲しかったのか?それはそれで否定はしない。ただ「立派な制服=アルマーニ」の図式がどこまでいっても理解できない。日本のメーカーだって立派な制服を作っているはず。海外の特定ブランドにその気持ちを全部委ねるのは、あまりにも視野が狭すぎやしないか?
 子どもはどんどん成長していく。最初に作った「アルマーニ1号」を着る時間は限られている。そのあと「2号」「3号」が必要になるだろうし、それを全部、保護者が負担するというのだろうか?アイディアを出すのはかまわないが、その必要経費を負担する「基金」がなくては、絵に描いた餅ではないのか?
 この一件、米国のAP通信社は「奇妙な(ODD)なニュース」の範疇で打電した。外国から見ても理解できない不思議な「事件」なのだ。確かに「町の経済」は動かすだろうが、このお金の流れは本来、社会に必要なものではないだろう。
 お金を出せない親は子どもをここに入学させるな!その姿勢と方針には目に見えない圧力が見え隠れしている。「自分たちやっていることは絶対正しい」と信じているなら、やんわりと誰かが背中を叩いてくるべきではないのか?
 米プロバスケットボール(NBA)界の名将で、現在はヒートの社長を務めているパット・ライリー氏(72歳)は、レイカーズやニックスでの監督時代、必ずアルマーニのスーツでコートサイドに陣取った。でも当時の彼の年俸は数億円。AP通信の配信記事をぜひライリー氏に見てもらい、どう思っているのかをぜひ聞いてみたいところだ。 

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新しい旅立ち 2018/1/18

 6年にわたって寝たきりだった父が他界した。享年91。

 5度目の危篤の一報を受けたその日に旅立った。生き延びた過去4回の危篤はすべて東京でその知らせを受け、会社から1000キロ以上離れた北九州市を目指したが、今回だけはあらかじめこちらが戻ろうとしていた日。高校同級の院長から「危ない」という電話をもらったのは新幹線の車内。まもなく新神戸に着くころだった。
 一報を受けてから戻っていたのでは間に合わなかった。院長との取り決めで、最後は気管を切開しての人工呼吸にはしないと申し合わせていたからだ。病院に到着して4時間後。父は静かに息を引き取った。前日は同じように看取った妹の誕生日だったがそれも父は回避。まるで私の到着を待っていたかのような最期だった。
 おしゃべりで人が集まる場所が大好きだった父。70歳を超えて自動車の運転免許を取得し、パソコンを操って自分のホームページも開いていた。社交ダンスも習い、好きな囲碁はいつでもどこでもやっていた。
 それで決めた。最後ぐらいは賑やかに送り出そうと…。フラメンコの元ダンサーだった妹が告別式の最後で踊ることにした。しかもフラメンコではなく社交ダンスに併せてタンゴで。曲はバンドネオンの名曲でもあるリベルタンゴ。小学校の同級生でもあるバイオリニストが駆けつけてくれて主旋律を演奏してくれた。ここ3年ほど、ペルーの打楽器「カホン」を「認知症予防の一環」と称して初めていた私もセッションに参加。リハーサルは告別式が始める15分前の1回だけだったが、なんとか3人ともそつなくこなせたと思う。
 通夜も告別式にも僧侶はいなかった。私がマイクを握って父の昔話をしながら、セレモニーを進めた。喪主が事実上の司会者でもあった。形式を重んじる参列者の方には申し訳なかったが、私と妹は実にすっきりとした気分になった。少々の笑いと拍手をもらった通夜と告別式。葬儀場の関係者からは「こんな雰囲気は初めてです」と言われ、骨になった父を見ながら「どうだよ。褒められたぞ」とちょっとだけ胸を張った。
 昨年、父方の伯父は自由葬、母方の伯父は自宅から火葬場への「直葬」という形で自分たちの人生にピリオドを打った。仏式での葬儀を否定しているわけではない。しかし「こんな形もありだな」とつくづく思うようになった。
 さて母と違って父には僧侶がつけた戒名がない。位牌を置くとちょっと変なことになるので妹と相談の上、現在、家族内専用の戒名を考案中。これまた宗教界の関係者の方からはおしかりを受けるかもしれないが、成り行きでこうなったのでご容赦願いたい。
 とにかく自分たちのやり方で父を見送った。すべてのタイミングを熟知したかのようなピンポイントでの旅立ち。息を引き取ったとき、私の口から飛び出た言葉は「父ちゃん、あっぱれ」だった。

 

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魔女の一撃 2017/12/17

 風邪を引いた。すぐに治ると思ったら、1週間経ってもまだ咳が出る。 

 その間、59歳にして人生初のギックリ腰を経験。なぜ「魔女の一撃」と呼ばれているのかさっぱりわからなかったが、やっとその意味がわかった。階段を登ろうとした1歩目で体に衝撃が走る。うずくまったまましばらく動けなかった。
 「筋肉が硬いですね」。整骨院ではいつもこう言われる。これでもフルマラソンを走り、まだシニア・バスケの全国大会まで出場しているのだが、自分的には54歳をすぎたあたりから、いろいろなものが自分の体から離れていっているような気がする。
 今年の夏以降、倍率が1・5~2・5倍だったロードレース2つとフルマラソン1つの抽せんに外れてしまった。「まあ、しばらく楽して過ごそうか…」。そう考え始めていた矢先、最も倍率が高い東京マラソン(12・4倍)に当たってしまった。6年ぶり2度目の出場。本当は還暦となって迎える2019年の大会を目指し、申し込み実績をアピールするために「つなぎ」の意味を込めて申し込んだのだが、その趣旨を主催者側はくみ取ってくれなかったようだ。
 というわけで、健康を維持すべく、いろいろなものが必要になった。おそらく東京マラソンに参加する中高年のランナーはみんな同じことを考えているだろう。すでに「30kmの壁を突破するために」というキャッチフレーズがついたサプリメントは2つ購入。シューズはレース用だけで5足持っていたが、トレーニング不足になることを見越して?よりクッション性のある新しいシューズを手に入れた。「リンゴ酢」「朝鮮人参」「にんにく」「青汁」…。健康にいいと言われるものならなんでも口にしている日々。クリスマスであってもたぶんケーキなど食べないし、正月であっても
おせち料理とは無縁かもしれない。
 「どこが楽しいの?」。スポーツに興味がない人はそう思うかもしれないが、ひとつだけ言わせてもらおう。老いて追い込まれた自称アスリートの間では、金に糸目をつけない消費活動が目立ってくる。つまり、私は他の中高年ランナー同様、日本経済を日々動かしている。願わくば年末ジャンボ宝くじも何気なく当たってもらえると実にいい一年だったと言える。問題は、このうぬぼれと楽観論が、すぐに新たな「不幸の入り口」につながること。ああ、いつか来た道…。30kmを過ぎたあたりで毎度感じるあの絶望感が、快感に変わる日はいつやって来るのだろうか。 

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一致団結した組織の化学反応 2017/11/19

 午後10時に病院に着いた。父危篤の一報を受けて1000キロを移動。 

「危ない状態です」と言われたのは4回目だが、敗血症ショックと肺炎を引き起こしているという情報だったので、正直もうダメだと思った。なにせ90歳。天寿を全うしたと言えばそうなのだ。
 大きな病院で指揮を執っている院長は高校の同級生。「お前が間に合わないならオレが看取る」。そんな約束をしたことを思い出したのは、集中治療室に入ったときに彼がそこにいたからだった。「あすも激務があるだろうに…」。90歳になった他人の面倒をそうまでして見てくれたその行為に心の中で頭を下げた。そして救急外科と泌尿器科がすぐに連携して深夜に父の尿管にステントを挿入して、尿が流れるようになった。翌日になるとすでに父は「腹減った」としゃべっている。1週間後、容体が安定したところで、肺にたまった600CCの水を摘出して当面の危機は脱出。さて東京の病院だったら、ここまで「速攻」で治療してくれただろうか?
 どちらに転んでも父の「余命」は限られているのだが、院長は「オレたちは常にアグレッシブに治療する側に立っている」とその手を緩めなかった。医療とは何なのだろう?そんな思いがあふれる1週間だった。どんなにいい薬と医療施設があっても、人がつながって「チーム」として機能しなければ結果は出てこないだろう。それはスポーツ界で言うところの「ケミストリー」にも似ている。一致団結した組織にだけ生まれる化学変化こそが、力以上の結果を生み出すという意味。幸運にも私の父はその「化学反応」に助けられた。
 あの夜、院長は睡眠時間が少なくなったはずだ。私と約束なんかしなければ、もっといい体調で翌日の診療ができたと思う。だからちょっと申し訳ない気持ちになった。
 世の中には打算的な部分とそうでない部分がある。そういえば自分は後者を忘れていやしないか…。「ありがとう。でも5回目はもういいぞ」。東京から1000キロ離れた町で起こった小さな奇跡。「人間力」の大切さを痛感して東京に戻ってきた。
 

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新しい時代 2017/10/17

 伯父の葬儀に参列した。享年87。悪性リンパ腫による疼痛に苦しんだのだという。

 しかし棺の中で見た顔には「笑み」があった。「おくりびと」と呼ばれる納棺師の方の仕事ぶりには頭が下がる。旅立った伯父もほっとしていると思う。
 さて伯父はその昔、そこそこの「お偉いさん」だったが、葬儀は本人の遺言で「直葬」として営まれた。自宅から棺を霊柩車に運んだあとは火葬場に直行。家族と親族数人だけで見送った。通夜、告別式、読経、香典いっさいなし。しかもこれまた遺言で散骨となり、墓に「居を構える」ことも放棄してしまった。
遺された家族に面倒と費用をかけたくないという強い意志の表れ。その計算高く切れ味鋭い?「命の片付け方」には正直、驚いてしまった。
やがて必要になる散骨のための経費を除くとしめて25万円。墓の維持費は永遠にかからない。喪主となった伯母、そして久々に会った従姉。2人とも同じ言葉を口にしていた。「あたしもこれでいいいわ…」。
 税金が上がり収入が減っていく奇妙な社会構造。少子化世代からすると、我々中高年はある意味、迷惑な存在かもしれない。しかし寺社関係の方には申し訳ないが、伯父が選択した直葬&散骨方式は、次の世代が余裕を持つためには効果があるように思う。
葬儀のあとみんなで寿司を食べた。最初は泣いていた伯母もおいしそうに、にぎり寿司を頬ばっていた。みんなが元気を失わなかった伯父の葬儀。伯母と従姉が口にした言葉は、帰途についた私の心の中でもずっと響いていた。

 

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「命の水」対「粉末ジュース」 2017/8/21

 カフェイン抜きの日本茶はありがたい。そのペットボトルがあれば必ず買っている。コーヒーを飲む機会が多いので、もうそれ以上カフェインを摂取したくないときには重宝している。

 成分がなくなったのにノンカフェイン系はドリンク剤を含めて値段は高め。なんとなく抵抗感はあるが、それを取り除くために必要な工程の「経費」と考えると理解はできる。
 炭酸水にもバリエーションが出てきた。ハイボールを作るためだけの材料?と考えられた時代はすでに終わり、柑橘系やコーラの香料などを含む新商品が出てきた。糖分がないのでダイエットには効果的。「カルシウムを溶かす」という炭酸の負の効能がはたして骨にどのような影響を与えるのかがどうもわからないのだが、暑苦しい夏に汗をかいたあと、アルコールを摂取できない状況下では貴重な1本だ。
 種類がひとつしかなかった経口補水液にも後発商品が出てきた。電解質はスポーツドリンクより多め。猛暑なのに家でクーラーをかけずに閉じこもっている高齢者には「命の水」になるのかもしれない。ただし値段はそこそこ高いのに安価な人工甘味料を使った商品ばかり。電解質は多めだが、これが気に食わないので私は購入しない。甘みがないと、とても飲みづらいのはわかるが、肝臓が分解できずに延々と体内を循環する?物質を摂取するのが果たして健康的なのか…。個人的にはとても線引きが難しい商品だ。
 東京駅の自販機の前で外国人男女のバックパッカーがはしゃいでいた。日本の自販機で売られているドリンクの種類はおそらく世界一多いだろう。自販機ごとに商品も違っているし、ただのミネラル・ウォーターでさえ、産地は豊富だ。
 彼らが買ったのは俗にいうデザート・ドリンク系。プリンの味がするドリンク缶だった。興奮はすぐに驚きに変わり2人は笑い出した。英語ではなかったので何を話しているのかはわからなかったが、「なんでこんな飲み物があるんだ」と顔に書いてあった。
 日本人がこだわる清涼飲料水のバリエーション。「粉末ジュース」なるものがあった昭和の時代から、このジャンルでの商品開発は延々と続いている。米国からやってきたプロフットボールの選手は栄養ドリンク剤を山のように買っていった。(その何人かは手が大きすぎて小さなキャップを開けられなかったが…)。もしかして日本は、こと飲み物に関しては、世界一の魔術師?ビジネス・チャンスはまだいたるところに残っているかもしれない。 

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麺禁止 2017/7/25

 食物依存性運動誘発アナフィラキシー。アスピリン製剤を服用し、主に小麦、エビ、果物を食べたあとに運動すると、呼吸困難などの重篤な症状を引き起こす状態をこう呼んでいる。1万人に1人の割合で発症。自分とは無縁だと思っていた。 

 正確に判定するには摂食後の運動負荷検査を受けなくてはいけないのでまだなんとも言えない。ただその他の病気が排除されていくにつれて、とうとうこれしか残らなくなった。最初についた病名は慢性気管支喘息。運動すると喘鳴と咳が止まらず、お尻や背中がかゆくなって発疹ができた。その時の血液検査で今まで気にもしなかった小麦、大麦、卵、牛乳が陽性でも陰性でもない中間のグレーゾーンに入っていた。主治医は「何か症状は出ていませんか?」と聞いてきたが、その時はそれが運動時の喘息や痒み、くしゃみ、鼻水とつながっているとは考えもしなかった。
 しばらく牛乳をやめた。運動すると症状はかわらない。喘鳴もあった。卵をやめた。これも同じ。しかし小麦を断つ食生活を2週間送ると、たちまち症状が緩和した。
やっと「犯人」がわかった。しかし好きな麺類に手が出せなくなった。蕎麦は東京・下町の店にはほとんどない十割のみ。故郷・北九州市小倉北区のうどん屋には小麦粉を使わない「十穀うどん」があったが、それはまさに神が私に与えた「唯一の麺類」だった。店主に聞けば小麦アレルギーのスポーツ少年少女がけっこういるのだとか。コストは高いが、この麺は「1万人に1人」を確実に?救っている。
運動しなければ問題はないので食べてもいい…という状態をどうとらえるのかはけっこうやっかいだ。まもなく還暦。それでいてフルマラソンにもまだ挑戦している。だから「グルテンフリー」と書かれた食品を探すようになった。食欲は人間が抱く最大の欲望。ただそれを優先させるとやりたいことができなくなる。さて、どうしましょうかね。もっとも日本には「お米」という素晴らしい穀物があって小麦アレルギーであってもなんとか暮らしていけるのはありがたい。日本人で良かったと思う今日この頃である。 

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こんなに軽いのに 2017/6/28

ポリプロピレンという樹脂がある。汎用樹脂の中では比重が小さく水に浮かぶ。 

強度が高く酸にもアルカリにも強いから包装材料、文具、自動車部品などいろいろなところで使われている。しかし吸湿性はなく、おまけに染色しづらく太陽光には弱いのでこれまではファッション性優先の衣服には向かないといわれていた。
 しかし思わぬところに需要があった。今、私がジョギングをするときのインナーウエアは、皮膚に面した内側だけポリプロピレン製。どうなるかと言えば、まず吸湿性がないので汗をかくとすぐに外側のポリエステル部分に汗が逃げる。つまり冬時は汗冷えをしなくて済むし、夏場は汗でべたついて重くなったウエアに我慢を強いられる必要がない。登山用のインナーウエアにも利用されていて、とくに中高年には人気だ。色に染まりづらいのでほとんどの商品が白かグレーか黒だが、インナーなので別に構わない。便利な世の中になったもんだとつくづく思う。
 私は高校時代、バスケットボール部に所属していたが当時のユニフォームとソックスの素材は木綿。どうなるかと言えば、湿度の高いこの梅雨の時期に試合に出ると、相手選手とユニフォームにしみこんだ汗の飛ばしっこをしてお互いに顔をしかめていたのだった。
 スポーツ用品の量販店などでポリプロピレン製のウエアを求めると値段が少々高め。とても軽い素材なので、「なんでこんなに軽いのに値段が高いのだ」と思うこともある。でも当初は衣服で見向きもされなかった素材が、スポーツという分野で見直されている現状はとてもユニークだ。今年2月のフルマラソンに出場した時も着用。脱臭作用もあるので加齢臭が気になりだしたおじさんとしては実に頼もしい。
 適材適所。人間以外にもこの4文字熟語は使えそうだな、と思いながら、きょうも元気に走ってきます。では投資家の方、ポリプロピレン関連銘柄(どこだか知りませんけど)にご注目を!

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マリオリーダー 2017/5/30

  プレミアム・フライデーという日に仕事を早く切り上げて町に出かけた人はどれくらいいたのだろう?

高校の同級生は1人で居酒屋に入ったようだが声をかける仲間もなく、一品だけ注文して早々に二軒目の店に移動したという。これで日本の経済を動かし、サラリーマンのストレスを緩和しようと思ったら大間違い…。そう思っている人は私だけではないだろう。旗を上げて前に行こうとしたものの、振り向けばまだほとんどの国民がじっとしたまま。そんな光景が脳裏をよぎる。
 中途半端だ。何をやっても…。5円だった消費税は当初10円になるはずだったが、多くの批判にさらされて8円という妥協案に落ち着いた。受動喫煙の防止に関しては与党が積極的だったはずだが、いつのまにか狭い店舗は除外しようという動きになってしまった。
 東京五輪の費用負担を巡っては東京都、五輪組織委員会、そして国の三者がまだ現実的なキャッチボールを開始していない。お互いの距離を測りながら、それぞれがボールを持ったまま、相手に「あなたもう投げますか?」と表情をうかがっているようにも見える。結局のところ、リオデジャネイロ五輪の閉会式にマリオの格好で登場した安倍総理もこの案件に関しては「リーダー」でなかったことを多くの人が知ることになり、開催都市に選ばれた時の興奮とか感動はすでに倉庫の片隅に放置されようとしている。
 そうこうしているうちに北朝鮮からはミサイルが飛び交い、その問題が最優先であるはずなのに、なぜか日々クローズアップされるのは「便宜を図ったのか否か」というあまりにも小さすぎる出来事。それを見逃していいとは言わないが、「大きな問題から先に片付けろよ」という本音が喉元でうなっている。
 国を治める者とこの国で生活する者との間にうごめく感覚のずれ。別に今に始まったことではないが、その項目が続々と増えてきているような気がする。日本の庶民は「一揆」や「反乱」は起こさないが、だからといって独断とわがままが過ぎると社会はいつかねじ曲がった方向に進んでいく。
 かつて石油で潤った南米ベネズエラは果てしない政争の末に経済が混乱。首都カラカスでは暴徒化した庶民がトラックを襲って物資を奪うという事件が続出している。電気も水もパンもない、あるのは銃弾だけ。日本の未来がこうならないのを祈りつつ、6月のプレミアム・フライデーもしっかりと夜遅くまで残業しようと思う。よろしいですね、安倍さん?

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壁の栓抜きといこいの煙 2017/5/7

 その昔、2人ずつが向かい合う電車の窓際の席に座ると、壁に貼り付けられた栓抜きがあった。 

瓶に入ったコーラはこれがあったからこそ飲めた。でもゴミ箱がないので瓶は座席の下に置いたまま。マナー的には最悪だったかもしれない。3段ベッドの寝台特急では寝た記憶がない。下段と中段では天井に頭をうちつけ、たまに上段が取れた時には、たばこの煙が下から上がってきた。しかもどこにいても誰かが酒をのみ酔っぱらう。その騒音が消えるのは目的地に到着する少し前だった。新幹線の登場で便利にはなったがトンネルの多いこと、多いこと。でも昭和における列車の旅とはそういうものだった。
 平成に入って「クルーズ・トレイン(周遊型豪華寝台列車)」という言葉が日本に定着し始めた。そこにはもう昭和のイメージはない。洗練されたデザインの列車に数十万円のお金?を払って乗り込み、食事と景観を楽しみ、何日もかけて旅をする…。あくせく働くことが当たり前だと信じている人が多いこの国によくもそんなハードとソフトが生まれたものだなと思ってしまうが、予想以上の人気なのだそうだ。
 休みに対する企業の考え方も違ってきた。「ブラック」というレッテルを貼られたくないから勤務時間と休日消化状況のチェックが厳しくなっている。しかし私は物書き業とは言え、パソコンで勤務時間と退社時間を入力しながらも、その時間帯の半分は仕事をしていない。むしろ勤務時間外で家にいる夜中の時間帯の仕事量が1日の半分を占めている。加えてよく考えてみれば、昨年10月26日から原稿を書かなかった日は1日もない。大晦日も元日も会社では休日扱いとなっているが原稿は書いた。ではそれが「ブラック」なのか?いやそうではない。1日休むと物事の流れがすぐにわからなくなる。だから途切れるということへの恐怖がまず先にある。なにより書くことが趣味を超えて日常となった現在の生活において、「書かない」ことへの意味を探すのは容易ではない。誤解を招くと困るので補足しておくと、その時間の合間に世間で趣味と呼ぶべきこともちゃんとやっている。要は時間をどう使うかだけの問題だ。
 さてそうは言ってもそろそろペースを落とそうかと思う。いつかクルーズ・トレインに乗ってみようと考えるようにもなった。パソコンもスマホも見ない1日があってもいいと思う。ただし、父が「おい、これ便利だろ」と得意気に壁の栓抜きを使ってコーラの瓶を開けた昭和の記憶は永遠に消えることはない。辛抱型格安寝台列車。下段にいた父が上段めがけて放った「いこい」の煙はお金では買えない思い出でもある。

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桜の季節 2017/4/3

 自宅から会社には自転車で通っている。この時期、その通勤路で各町内会が「桜祭り」を開くので、何度も立ち寄っているうちに通勤時間が倍に増えてしまった。

 ひとつ気が付いたのはどこの「桜祭り」でもゴミの回収には気を使っていたこと。道路を汚せば次回の開催権をはく奪?されるかもしれないから相当神経を使っているのだろう。
 しかし出店だけがある大きな公園では様相が違ってくる。東京下町のある公園でも「桜祭り」の看板が掲げられていたが、ゴミ箱があまりにも小さく、あふれたゴミの山にまた他の人がゴミを積み重ねていく悪循環となっていた。
 たとえば山に行ったとき、自分が持ってきたゴミは持ち帰るのが当たり前だ。収集車がそこに行くことができないから当然の行為だし、標高が高ければ生ゴミを分解するバクテリアも少なくなる。だからゴミをそこに捨てるわけにはいかない。
 しかし平地では「誰かが片付けるだろう」という意識がほとんどの人の頭の中にインプットされているようだ。サッカーのサポーターがスタンドのゴミを片付けてスタジアムを去っていく光景は世界に「美談」として伝えられたが、桜の季節になると日本人の美意識はなぜか消え失せていく。
 小中学生が学校の教室を自分で掃除するのは当たり前だ…。と思っていたがこの話を米国でしたら怪訝な顔をされた。「なぜ掃除をする人たちの仕事を彼らが奪うのだ?」。どうもビジネスの話だと受け取られたようだ。「子供が掃除をすればコストがかからない」ということを伝えたかったのではなく、「身の回りを自分できれいにする習慣をつける訓練だ」と言いたかったのがどうも話がちぐはぐになってしまった。
 米国にはないこのような習慣がありながら、花見や花火の季節になると多くの日本人がゴミを片付けないし持ちかえらない。あるいはゴミがたくさんたまった場所に平然と自分のゴミを置いていく。いわんやタバコの吸い殻が路上からなくなった光景はまだ見たことがない。本当に日本はきれいな国なのか?会社近くの町内が催した「桜祭り」で、泥酔した男性が置いていったビールの缶をゴミ箱まで持ってきた小さな女の子の美意識がずっと変わらないことを祈っている。

 

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完走おめでとうございます 2017/2/28

東京ではないが北九州市でフルマラソンを走ってきた。 

昨年まで各ランナーを悩ませていた30キロ過ぎの海風もなく穏やかな1日。たぶん多くの人が自己ベストを出したのではないだろうか?
 私は「例外」だったかもしれない。長い距離を走り込んでいなかったので前半は抑えめにしたつもりだったが、それでも練習ではこなしていなかった25kmを超えてから脚に違和感が出た。そして30kmをすぎて4個所がプチ痙攣。それまでの歩幅で走ろうとするとどこかが「爆発」しそうだったので減速せざるをえなくなった。逆風はなかったのにつらく長い残り12km。フィニッシュタイムは当初の目標タイムより10分遅い4時間29分だった。
 ここからがさらにしんどかった。いったん止まると「待ってました」とばかり脚が吊りはじめ、一歩も動けなくなった。本来ならば順路に従って歩き、荷物が置いてある建物の中までたどりつくのだが動けない。しかし見かねたボランティアの女の子が私のところまで近寄って「大丈夫ですか?」と声をかけ、そして完走メダルを首にかけてくれた。この時点でもうおじさんの涙腺はゆるゆる。「泣いてまうやろ」と思いながらも「ありがとね」と声を返したが、「完走おめでとうございます。凄いですよ」とさらに声をかけられた時点ではからずも目がうるんだ。
 人は1人では生きていけないし、1人で走ることもできない。沿道では施設で生活している高齢者の方々も応援してくれた。高校生の応援団とはハイタッチ。誰かに励まされなかったら42.195kmはむなしくさびしい「旅」と化していただろう。
 もうタイムを追うようなレースはしないと思う。これだけ見ず知らずの人に「頑張れ」と励まされるのはフルマラソンだけ。それだけで参加料1万円の価値はあるかもしれない。もうすぐ還暦。でもまだ辞めるつもりはありませんからね。
 

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トラ〇プ牧場 2017/2/4

 米プロバスケットボール(NBA)のシカゴ・ブルズとロサンゼルス・レイカーズで計11回の優勝経験があるフィル・ジャクソン氏(71歳=現ニューヨーク・ニックス球団社長)の手腕が「牧場」にたとえられたことがある。

もともと監督と言えば、厳格な管理下に選手を置き、規則でがんじがらめにしてエゴを許さないようなイメージがあると思うが、ジャクソン氏はちょっと違っていた。なにせチームにはマイケル・ジョーダンを含むスター選手たちが何人もいる。その面々に「遊ぶな、さぼるな、手を抜くな」とすべて否定形で命令していたのではそっぽを向かれるだけだっただろう。
 さて「牧場」は牛舎のスペースよりはるかに広いが「柵」もある。ある程度の自由を認めながらも「そこからさきはいっちゃだめよ」というブレーキがかけられるようになっている。だからこそ牛はのびのびとゆっくり牧草をはみ、適度な運動をして、ストレスを抱くことなく牛舎に戻ってくる。その姿がジャクソン元監督の指導方法によく似ていたのだ。
 ジャクソン氏は不満な選手に何か言いたいことがあれば直接口にはしなかった。しかし負けた試合のビデオを編集する際には、その選手がミスした場面を挿入。何も言わないのだが、それを見た選手は「あ、そうか、自分はチームに迷惑をかけていたんだ」と理解していた。
 さて今、何もかも根回しなどせずに言いたいこと言って行動しているリーダーがある国にいる。決してそのすべてが間違っているとは思えない。しかしすべて頭ごなしに「それはできない」「それは違う」「それはやらない」と一方的に言うと、「柵」から出ていってしまう人間が増えるだけのように思う。一定の自由があるからこそ組織は柔軟に機能するのであって、それを否定するのならば、もはやそこは「牧場」ではなく、窮屈な牛舎だけの世界。心を病んでしまうリスクを覚悟しなければならないだろう。日本から見ると広大な領土。しかし私には今、とても小さな国に見えるのだが気のせいだろうか…。 

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2017年、さて 2017/1/12

 東京・下町のとある神社をのぞいたら初詣客でごったがえしていた。ただし若者はあまりいない。年賀状を書く人も減少傾向。おせち料理やお屠蘇もやがて正月の光景からフェードアウトしていく時代が来るのだろうか?

 最近は元旦を迎えるたびにネガティブになる。「今年は何が起きるんだろう?」。大地震や洪水は起こってほしくないという気持ちが「家内安全」「大願成就」「無病息災」の4文字をどこかに追いやっているような感じになってしまった。
 少子高齢化。大きな問題であることを認識しながらその解決策は何も見えていない。誰がどう考えても、団塊の世代とその前後の世代がこの世からいなくならない限り、このシステムは「破綻」の2文字とずっと向き合うことになる。神頼み?ある意味、そうなのかもしれない。だからと言って、初詣でそれをお願いした人はいるだろうか?ネガティブになっても、さらにそこからは離れていたいという歪んだ思いは、どんなものに化けていくのだろうか?
 元旦に皇居を走った。夜8時。100メートルの感覚で警察官が警備にあたっていたがその目的は何だろう?それほどまでに何かに警戒しなくてはいけないのだろうか…。世界ではテロの被害が続出。東京五輪を3年後に控えた日本もテロのターゲットになる時がやっては来ないか…。そう思うと、背筋が少し凍りついた。
 では少しだけポジティブになろう。少し気力は必要だが、悩んでいても何も始まらない。できることだけやることにした。すぐに写真、衣服、書籍、その他ガラクタ類を整理することにした。俗に言う断捨利。捨て始めるとなぜか楽しい。「なんだよ。これはもう何年も見ていないし、着ていないし、読んでもいない」。そうこうしているうちに狭い我が家にスペースがちょっとだけできた。無が有を生んだ瞬間。心理的にも何か余裕ができたような気もする。なので日々、何か1つずつ捨てていくことにした。
さて最後に残すものは何にしようか?「愛」と答えると家内はきっと笑い始める。まだまだ時間はあるのでゆっくり考えてみよう。2017年。さて、どんな年になるのやら…。 

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上を向いてたたこう 2016/12/19

 大学でコンピューター・グラフィックを教えている妹が最近よくある授業風景をため息まじりにしゃべっていた。

パソコンを使っての授業。生徒に少し長めの文章を求めたところ、ほとんどの生徒が下を向き始めたそうだ。手にしていたのはスマートフォン。両手の親指を駆使して文章を書いて自分のメールに送稿し、それをパソコンでアクセスしたのちにコピペして「回答」にしたのだった。
 「キーボードが苦手」(妹談)なのだそうだ。スマートフォンばかりやっているから通称「QWERTY配列」のキーを叩けない。それでは就職してから困ると思うのだが、生活におけるスマートフォンの比率が高くなった現在において、世代のギャップがこんなところにも現れ始めた。
 1980年代の半ばまでほとんどの人はペンで字を書きファックスでそれを送っていた。そしてワープロが登場して普及すると原稿用紙というものがレコード同様に姿を消し始めた。そのワープロもパソコンにとって代わられ、パソコン自体もMS-DOSというOSから瞬く間にWINDOWSに変わった。この間、まだ30年ほどしか経過していないが「もう時代が違うよ」という言葉が何度も聞かれるようになった。私はほぼブラインドタッチでキーボードを叩ける人種だが、今の若い世代には自慢できない過去の技術のようだ。
 日本を代表するブルース・シンガー、近藤房之助さんがある音楽フェスティバルに出演したとき、ステージ上でこんなことをつぶやいていた。「大変な時代になっちゃったけど…。でも大変じゃない時代ってのもなかったよね」。ギターを弾きながら歌ったのはブルース調の「上を向いて歩こう」。心にグサッと刺さる一曲だった。
 2016年も終わろうとしている。この先、時代はどこに向かって突き進むのか?しかしながら星空というのは人間が抱く時間的感覚の中では永久であり不変だ。だから自分が時代遅れだと思い始めたら上を向くことにしよう。悩むことはない。どうせ時代というのはいつでもどこでも大変なのだ。さあ2017年。私は過去の技術を駆使してちょっとだけ頑張ってみようと思う。そう、涙がこぼれない程度に…。
 

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鍋奉行渡米の巻 2016/11/18

 白菜は4分の1にカットされて売られていた。1玉なんて東京下町のスーパーには存在しない。2分の1カットでさえない。 

しかも4分の1なのに税込214円。いくら葉物野菜が高騰しているとはいえ、これでは寄せ鍋が作れない。いっそ「きのこ鍋」と称して野菜を排除すれば、なんとなく納得できる事態?に陥っている。長ネギ1束とキャベツの小玉1個は各322円。小さいキャベツは本来ならもっと待ってからの出荷なのだろうが、その小ささでも今なら売れるから栽培に必要なコスト削減でスーパーまでやって来たのだろうかと思いつつ、結局買わなかった。
 動物園も悲鳴を上げているというニュースを見た。葉物野菜の高騰にひきずられて他の野菜や果物も例年に比べて値段が高い。だから困っているのは人間だけではない。(動物に実感はないだろうけど)。PPAP、おっと違う、違う、TPPだけでなく、もっと国内の野菜事情を真面目に考えないと、「鍋物」という日本の食文化がおかしな方向に行ってしまうような危機感を抱いているところだ。
 あるべきものが普通に存在して成り立っているから料理になる。しかしその中のひとつの価値が違ってくると、当たり前のものが異様なものに姿を変える。それは米大統領選挙でも同じだ。突出したキャラクターの持ち主がリーダーになることが決まった瞬間から、世の中の動きがぎくしゃくしてきた。株価はど~んと下がってど~んと上がった。本来「寄せ鍋」だったはずの料理は白菜が高級食材になったばかりに鍋の中に何を入れていいのかわからなくなった。そんな迷いが米国だけでなく、日本にも見え隠れしている。
 さて日本の「鍋奉行」は早速、渡米してまだどんな食感と味なのかわからない一国のリーダーに会っている。これも対米政策ではなく日本国内を落ち着かせようとするパフォーマンスなのか?そこのところはよくわからない。ただ私の当面の悩みは下町のどこで廉価な白菜を1玉だけでいいから手にできるのか…。今まであまり気がつかなかったが、白菜ほど鍋にいれてすぐに味を吸い込んでくれる便利な食材はない。感謝の言葉ひとつもかけなくて悪かったと思う。だから頼む。うちの鍋に黙って入っておくれ…。 

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後方宙返り 2016/10/20

 国際体操連盟(FIG)の第9代会長に日本協会の渡辺守成(もりなり)専務理事(57歳)が選出された。 

1881年に設立されたFIGで、欧州出身者以外が会長になるのは初めて。五輪で実施されている競技の国際団体の会長に日本人が就任するのは1987~94年に国際卓球連盟の会長を務めた故・荻村伊智朗氏以来というからたいしたもんだ。
 なので感心して経歴を見た。なんと私と同じ北九州市の出身で年も同じ。フェイスブック仲間から「私、中学で同級だった」という報告も入りさらに驚きが増した。その中学は私が通っていた中学とも距離が近い。バスケ部同士の練習試合でそこに行ったこともある。世界のVIP?がその昔、自分のすぐそばにいたのだなと思うと何だか親近感が出てきた。
 スポーツ界だけでなく日本人が世界の組織のトップに立つというのは異例中の異例。語学力、交渉、根回し、人心掌握術などすべての面で今までは世界レベルからは劣っているのかと思っていた。それだけに期待は大きい。なにより彼に続く人材がやがて出てくるような気がしてちょっとうれしくなった。
 北九州市は決して体操が盛んなエリアではない。私は小学校4年時に生意気にも?後方宙返りができたので担任の先生が体操クラブを探してくれたのだがひとつもなかったのだ。かの内村航平選手の出身地でもあるが、メジャーなエリアではない。そんな町から世界のトップが誕生したのだから、これは歴史的な事件?になるかもしれない。
 さて次期東京五輪。リオデジャネイロ五輪の団体で優勝した日本男子チームには連覇がかかっているが新会長のおひざ元で低迷は許されないだろう。この人事をほどよいプレッシャーとして受け止め、さらなる飛躍を期待したい。まったく面識はないのだが、なんだかめでたい。そんなニュースだった。 

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熟練者の日 2016/9/21

 大リーグ・マーリンズに所属するイチローは10月22日で43歳になる。

しかし来季もおそらく現役続行。日本人のプロ野球選手としては現役最年長選手となっているが、まだトップレベルでの技術と運動能力を維持している。
 プロバスケットボールのNBAでの「長生き」の条件はこれまで7フィート(213cm)以上の長身選手だったが、サンアントニオ・スパーズに在籍しているアルゼンチン出身で39歳のマヌー・ジノビリは198cmのシューティング・ガード。細く長く競技生活を続けているわけではないが、見た目のサイズでは選手寿命はわからなくなってきた。
 「敬老の日」というのをアメリカ人に説明するのはとても難しい。まず誰1人、なぜ祝日なのかは理解してくれない。「Respect for the Aged Day」と英訳しても「?」。聞き返される定番の質問は「何歳からがAgedだ?」「Agedだと言われて誰が喜ぶ?」「尊敬すべきは年齢ではなく人格なのでは?」。高齢化社会の日本にあっては国を象徴する日なのかもしれないが、確かに「お年寄りですね」と言われて喜ぶ人はいないだろう。
 若い世代の労働者が減少している。少子化社会が抱える重大な問題。少ない人数で多くの高齢者を支えることはできない。だから70歳であっても80歳であっても「生きがい」を見いだせるのであれば年金受給者から給与所得者に変わることが可能な仕組みが必要だろう。「仕事を手伝ってくれてありがとうございました」。そう言われるのであれば「Respect for the Aged Day」も決して悪くはない。ただし日本語は「熟練者の日」にしてほしい。熱意と技術があれば、たとえ年輪が重なってもみんなそのジャンルの「イチロー」でいたいと思うだろう。そう、私もその1人かもしれない。 

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「愛」 2016/9/5

 東京から秋田新幹線と奥羽本線さらには五能線を乗り継いで秋田県能代に到着。トータルで5時間半を費やし、高校バスケットボール界の名門、能代工業の「ホームタウン」についた。 

 人口は6万人に満たない小さな町。それでいてここにはボールを追い続ける高校生たちへの「愛」であふれていた。立ち寄り湯で会った初対面の初老の男性にバスケの話をされ、居酒屋では夜中の1時まで日本の経済や秋田美人などではなくバスケの話に付き合った。お子さんが2人いるママさんもいた。翌日は地域の運動会で走ることになっていた。しかし2次会が終わったのは2時すぎ。「子供の弁当作んなきゃ」と4時半には起きるというのだが、そのスケジュールで睡眠が2時間しかないのはアンビリーバボー。そんなタフな主婦は東京にいるだろうか?
 新聞のチラシに広告があった60坪の土地にある新築の一戸建ての価格は1500万円。駅からずいぶん離れた場所とはいえ、東京の感覚ではありえない格安物件だ。同じ国でありながら、日常生活の話題も不動産価格もまったく違っていた。
 今回は民泊。ビデオ製作会社を経営されているご主人の自宅に泊めていただいた。駅からは車で10分ほど。敷地は300坪もあり、防音対策が施された仕事場兼住居はログハウス風。仲間を含め4人がおじゃましたが、ロフト部分の中2階の奥には全員が寝てもまだスペースが残った。それ以外に家族用の家が隣にあり、廊下はボウリングができるのでは?と思うほど長かった。
 東京への一極集中を続ける日本。その一方で、地方は徐々にさびしくなっている…という固定観念があったが、能代の方々は元気でしたたかに生きている。ある意味、家と心の余裕は東京を完全に上回っているし、なによりその郷土愛は比べることができないほど温かった。
 仲間の1人がつぶやく。「カミさんに先立たれたら、おれはここに来るよ。雪は降るけど暮らしやすいしな」。そろそろ残った人生を考えるようになった世代。価値観を変える時期なのかもしれない。「これ持ってって」と別れ際にもらったのは地酒。わずか2日間の滞在だったが、東京に住む理由が稀薄になってしまった。 

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「あってもなくてもいいもの」 2016/8/22

 リオデジャネイロ五輪が終わって東京五輪のことを少し考えてみる。まず「あった方がいいもの」。

 南半球と違って北半球の8月は暑い。涼感グッズはさらなる進化を遂げるかもしれないが、町全体の気温を下げる冷却システムがないとマラソンを含む屋外での耐久競技は過酷なものになる。なので東京湾からの風をシャットアウトする汐留の高層ビル群はこの際、なかったことにして壊してみてはどうだろう?リオデジャネイロでは各競技場の建設の遅れが話題になったが、東京も新国立競技場の着工がデザイン変更の影響を受けて遅れている。なにより日本人の現場労働者が少ない。ならば60歳以上で働ける人がいたら有効に使ってほしい。やがて私もその資格?を得る人間。なにせ団塊の世代とその弟分。数なら負けない。高給で優遇せよ、とは言わない。この世代にとって欲しいのは金ではなく、誰かの役に立っているというやりがいと生きがい。うまく操縦してあげればロボット以上にいい仕事をするはずだ。
 では「ない方がいいもの」。筆頭は能力も知識も経験もないのに陣頭指揮を取りたがる政治色の濃い面々。ブラジルは大統領までいなくなって混乱したので「お手本」にはならないが、実務に長けた若いリーダーがてっぺんに座るべきである。もうひとつは「地元開催だからより多くの金メダルを!」という過度の期待。これは選手をおのずと無用なナショナリズムに引き込んでしまう。しょせんはスポーツなのだ。命までかけて戦うものではない。負けたからと言って、それを責める人間がいてはならない。もし他の国の選手が勝ったら、その選手のいいところを見て褒めてやりたい。それくらいの余裕を持たねばならないと思う。
 最後に「あってもなくてもいいもの」をひとつ。もしかしたらそれが五輪そのものではないかと思う。直近の五輪は韓国・平昌(ピョンチャン)の冬季五輪。もう2年後に迫っているが、費用は当初の予算を大幅に上回り韓国の国民を苦しめている。その2年後が東京の夏季五輪で、その2年後が中国・北京での冬季五輪。おいおいアジアで3大会連続開催ってどうなっているの?と思う人も多いだろう。それだけ費用がどんどん増えて欧米各国が腰を引いているイベントが五輪なのだ。巨大化したために運営は複雑化。ということで、この先、しばらく五輪開催を見送るというのはいかがだろう?経済が好転するまでしばし休憩。あってもなくてもいいですよ、くらいのスタンスでいた方がいいと思う。 

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契約率6% 2016/7/20

リオデジャネイロ五輪の選手村はサッカーのグラウンドで言えば「100個」分の敷地の中にある。

大手デベロッパーと建設会社がタッグを組んで築いたランドマーク。敷地内には公園、噴水、テニスコート、そしてプールなどゴージャスな共用施設があり、五輪終了後は31階建てのタワーマンションとして新たな住人がやってくることになっている。
しかし建設時の賑わいもどこへやら。国内の景気は急速に冷え込み、この豪華マンションは庶民にとっては高嶺の花となってしまった。全部で3600戸が分譲されるが、現在契約にこぎつけたのはわずか240戸。日本円で2400~9800万円の物件だが、当初見込んでいた現時点での予定契約件数(1000戸)を大きく下回ってしまった。「こんな広いところにわずかな人の数しかいない。不気味だ」という風評も飛び交い、このままいくと販売、建設会社の破綻の危機とともに、新築ながらゴーストタウンと化してしまう殺伐とした「未来図」も見えてくる。
五輪の開会式とサッカーが行われるマラカナン競技場は収容8万人の立派なスタジアムで、五輪のために改修工事も行われた。しかしそこから1キロも行かない場所では、妊婦までがコカインに染まっているドラッグ・エリアがある。今回は兵士、警官併せてロンドン五輪の2倍となる8万5000人が警備に当たるが、開会式会場にほど近いこの場所では「大きな事件を起こさない限り麻薬は取り締まらない」と事実上の無法地帯となってしまった。世界各地でテロが多発しているからそんな事件にかまっているひまはないということなのだ。
オリンピックは誰のため?何のため?もしテレビで選手村が映ったらたぶん私は「ああ契約率が6%ちょっとのマンションね」と思うだろう。そして開会式の中継では「スタジアムの外はきょうも無法地帯か…」と画面に映らないブラジルの現実を憂うことだろう。リオデジャネイロ五輪の開幕は目前。おっと、そういうわけで格安の不動産物件をお探しの方、リオに行くと見つかるはずですよ。お早目に。 

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英国荘 2016/6/27

 サッカーの欧州選手権がフランスで開催中。決勝トーナメント(16チーム)に進出した国を見てみるとイングランド、ウェールズ、北アイルランドという英国の3チームが勝ち残っていた。 

EU離脱を選択してしまった英国だが、サッカーとラグビーではそもそも「英国」という国家が存在していない。日本の「〇〇荘」という名前の古いアパートの中には、まず小さな玄関がひとつあって、中にまた居住者の部屋のドアがあるというパターンが多かったが、「英国荘」もなんだかそれに似ている。個々がまとまらないから、町内の行事には参加しづらく、結局、自治会を抜ける…というパターンまでそっくりだ。
 「Brexit」が起ってしまったらあっという間に株式と為替相場がカオスに陥った。日本はその中でも突出して変化が大きかった。要はアベノミクスというやつは実体経済ではなく、たんに投機マネーという「ボール」が市場と言う名の「競技場」の中で蹴ったり蹴られたりしていただけなのか、とため息まじりに思ってしまった。
 米プロバスケットボールのNBAでは来季からチーム総年俸の上限、いわゆるサラリーキャップ枠がぐ~んと増大する。テレビ放映権料の増収分が選手の契約に還元されるためで、これから高額契約のFA選手が次々に出てくるだろう。増収増益がなかなか社員の賃金に反映されないどこかの国の企業群とは大違いである。
 日本ではその昔、「ときわ荘」というアパートから次々に人気漫画家が誕生していった。画風は違っていても、お互いがそれを認め、切磋琢磨していった結果の産物である。すでにスコットランドの独立機運が再燃している「英国荘」ではあるが、少し辛抱してみてはどうだろう。アパートの運営をEUからの恩恵と不利益だけで考えてしまうと大切なものを見失ってしまうような気がする。
 「Leave(離脱)」に1票を投じた比率が高かったのは若者ではく高齢者の層、寿命を考えれば尊重されるべきは若い世代の方だが、英国は違ったようだ。おっと、これはわが国でも同じだな…。

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第三者 2016/6/12

 政治資金で私物を購入し、公用車で別荘に出かけていた都知事に成り代わって一言。

 「悪うござんしたよ。でもこれって私だけ?みんなやっていたのと違いますか?私、あの方とは違ってちゃんと都庁には来ているし仕事はしてますよ。そこんとこよろしくね」。もちろん思いっきり推測である。しかし心の叫びは当たらずとも遠からじ?たぶんこんなものだと思う。もっとも過去に他の自治体の首長が同じことをやっていたとしても、今、この人は許されそうにない。同じ故郷を持つわが身としても残念な話題だが、第三者に判断してもらわないと善悪がわからないリーダーなどもはや1円の公金にも値しない。だから責任を取ってほしい…。おっと、リーダーじゃございませんよ。この方は責任は絶対に取らないのですからね。つまり処分されるのは、選挙の際に彼を支持した人たちである。
では法律を改正しましょう。倫理的にいかがなものか?という行動を首長がやってしまった場合、「選挙の際に公認、推薦、および支援した団体は5年間の政治活動禁止」。「使いこんでしまった金額は全額返済」、「勝手に購入してしまった絵画や不動産物件がある場合には、それと同額を自治体に治める」…。こうなると気合入りますよ。候補者の事前審査はチョー厳しくなるでしょうね。えっ、不祥事の当事者に甘すぎる?いえいえ、こんな罰則規定はどうでしょう。
「都民に対して背信行為があった場合、一切の職務を首長自身のみで遂行すべし」。だって都庁の職員も多くが都民ですしね。お役所ですから自分で「あんたの下では働きたくない」って言えませんし、そのへんはやはり「法律」「条令」があると便利ですよね。なので都知事、あしたから全部の仕事を1人でやりなさい。おっと、公用車の運転も御自分でね…というのがきのうの私の夢の中に出てきたストーリーだった。最近にない悪夢。最低の目覚めだった。どうしてくれるんだ、都知事さん!えっ、違法ではない?それはあなたの意見でしょうが。ちょっと待って。第三者に判断してもらうから。 

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どこで妥協するか 2016/6/20

 新車を探している。車ではなく自転車。

主に通勤用だが11年乗っていたマウンテンバイクの改造車はディスクブレーキのパッドがすり減り、タイヤは交換が必要で、ギアの汚れもひどくなって、フレームの塗装も少しはげてきた。すでに1回オーバーホールに出しているので2度目となると楽に高級ママチャリ1台が買えてしまう。なので知り合いの自転車店の主人に無償で引き取ってもらった。
 安物を買おうとは思わない。自転車は安いものは壊れやすく手入れがかえって面倒だ。変則ギアを含めたコンポーネントはだいたい日本のS社製だが、ロードバイクやクロスバイクでだいたい5段階にグレードが分かれている。雑誌やパンフレットを見るとグレードの高いコンポを使っているのに値段が少々安いものがある。スペックをよ~くチェックしてみる。横に小さく「Mix」とあったら注意したほうがいい。たいていの場合、ブレーキ系だけ格安のT社製を使っている。文面にも「〇〇をメーン・アッセンブルして…」などと書かれているものが多い。アッセンブル(Assemble)は「集める」という意味。なるほど、そうか。「細かいところは手を抜いているけれど大事なところはきちんとしたものを使っている」と言いたいのだ。だからたまに「〇〇をフルインストールして…」などど書いてあったら感心したりもするのだが、その場合、まず例外なく価格がはね上がる。
 フレームだけで数十万するようなものを買うのでなければ、自転車の購入は「どこで妥協するか」ということになる。なんとなく人生の縮図を感じてしまうのは私だけ?さて目下のところ「これだ」という新車には出会っていない。調べれば調べるほど、その自転車の長所ではなく欠点が目に入ってしまうから迷ってしまうのだ。すでに気持ちはメンテナンスの楽なシングルスピード(変則ギアなし=通称ピスト)の方へ向かっている。50代も後半になると複雑で手の込んだものが苦手になってきた。それでもいい加減なものは欲しくない。もしかするとこれが人生で購入する最後の1台?愛車を探す旅はすでに2カ月目に突入している。 

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登山をしよう 2016/5/7

 部屋を少し片付けた。押入れの奥にあった段ボール箱を取り出して整理整頓。お湯さえ入れればすぐに食べられるアルファ米は4つあった。 

粉末の味噌汁は8袋。インスタント・コーヒーと紅茶のティーバッグは4袋ずつある。デパートの閉店セールで買った「ゆで時間7分」のパスタは何かしら使えるだろう。ストーブ(小型バーナー)は少々点火に手間取るがまだ交換するほどではない。燃料のガス・カートリッジは4缶あった。インスタント・ラーメンは段ボールに3つ入っていた。持っているコッヘル(鍋)は少し大きめなので、ラーメンの麺はそのまますぽっと入る。ロードレース用に購入した携帯食料は4つ。これで計480キロ・カロリーほどあるからまさかの場合には役に立つだろう。太陽光で充電するビニール製のランタンは中の空気を抜いて押しつぶした。だからかさばらない。これがないと夜に本が読めないから大切だ。
 さすがに16年前に購入した45リットル入るザックは使用頻度が高かったこともあって、中が少し汚れていた。ザックから立ち上げてアウトドア・メーカーになった米国のM社製。今はもっと軽くてスマホの収納ポケットまでついた最新ザックがあるが、まだ使える以上、買い替えることはしない。その古いザックの一番下に衣類を詰め込んだ。吸湿速乾で消臭機能がある下着とミッドウエアだ。汗をかいたままでも、数日なら周囲に迷惑はかけない。ふくらはぎのスパッツも用意。足の血行を保つために重宝している。もちろん防水の雨具は必需品。そして徐々に重い物をザックの上に詰め、最後は寝袋を小さな収納袋に入れて中に押し込んだ。
 完成だ。これでいつでも夏山に行ける。するとそれを見た家内がポツリ。「そうね、いつ大地震が来ても少しの間は大丈夫ね」。ああ、そうかもしれない。よく考えてみれば登山用品はほぼすべて災害時に役に立つ。かくして無意識のうちに地震対策完了。きょうはとても有意義な1日だったのかもしれない。 

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すでに隠遁? 2016/4/13

 プロ野球のナイターを見ている。ヤクルトのユニフォームは黄緑色。なのでちょっと引いている。なぜこの色を選んだのだろう? 

 色と心理に関するサイトにはこの色を好きな人の特徴としてこう書かれていた。「しばしば隠遁生活に入ることを選ぶ。しかし世捨て人と見られると怒る。(中略)。気が小さいところが短所で、人と会うことを苦手とする。また、この色を嫌う人には民族的、社会的偏見の持ち主がいる。宗教、肌の色、国籍を理由に人々を軽蔑する」。
 私は偏見は持っていないし差別もしないが、ことユニフォームの色としては嫌いだ。理由は相手に威圧感をまったく与えないから。米国でも緑を基調にしたユニフォームを採用している大学やプロのチームは多い。しかしそのほとんどは「深緑」である。濃い緑を見ると人間は落ち着く。それは山々に行った時に癒される状況と同じだ。「あわててはいけない」。そう感じたいなら濃い緑はいいかもしれない。
 ユニフォームの主流となっている色は赤と青系。前者は闘争心を感じやすいという理由がある。黑とのマッチングは相乗効果があるとされ、このほど「アカツキ・ジャパン」と銘打って発表されたバスケットボール日本代表の新ユニフォームが赤と黒のミックスだった。そしてプロスポーツ系グッズの売り上げをアップさせるには青系にした方がいいという報告もある。サッカーの日本代表がそうだ。
 ただし最も相手に威圧感を与えるとされる配色は金色(もしくは黄色)と黒。これはハチの色を表現していて、ゆえに人間は無意識のうちにこの2色を見ると警戒感を抱くのだという。大リーグのパイレーツやNFLのスティーラーズはこの2色を使ったユニフォームを着用している。日本でもプロ野球の日本ハムのユニフォームがかなり似た感じの配色。心理面を研究した結果なのかどうかはわからないが、とりあえず「理論」は逸脱していない。だから私にとっては「黄緑」は謎だ。ヤクルトでは選手がすぐに引退し、土壇場でびびってしまい、インタビューが苦手で人見知りになるのか?ヤクルトのファンの方々、私はちょっと心配しているのだが…。 

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タイガーバーム 2016/3/18

 冬の寒い時期に走るときにはワセリンを太腿とふくらはぎに塗っていた。けっこう重宝している。ワセリンとは石油から得た炭化水素類の混合物を脱色して精製したもの。一般的には白色ワセリンを指す事が多い。 

 ボクシングなどでは止血にも使うから用途は広い。ドラッグストアにはだいたいどこにも置いてあるし、乾燥肌の予防にも効果があるので冬季にはよく売れる。しかしかなり暖かくなった今、そのワセリンを私は別の目的で使っている。まず用意するのは綿棒。その両端にワセリンをつけて鼻の粘膜にまんべんなく塗るのだ。人によって効果はまちまちかもしれないが、極度の花粉症の持ち主でもある私には薬よりも明らかにくしゃみを防いでくれる。数年前からやっていたのだが、どうも最近、ネットなどでその噂が広まり、よく足を運ぶドラッグストアでは品薄になっていた。
 販売会社が変わってあまり姿をみなくなったタイガーバームも花粉症の時期には役に立つ。これは粘膜ではなく鼻の外側にちょっとだけ塗る。メンソールの爽快感が花粉症の症状を和らげてくれるはずだ。ほんの微量を目の付け根に塗ってもよい。アレルギー用の目薬は何度さしても花粉症の症状をひどくさせるだけで効果はないが(私だけ?)、タイガーバームもしくはメンソレータムはかゆみを緩和させてくれる。
 呼吸が楽になるという謳い文句で鼻に貼るテープも花粉症グッズとして売られている。しかし私はこれまたスポーツ用に使っている伸縮性のあるテープを鼻に貼る。1枚当たりのコストは100分の1以下?しかも効果はさほど変わらない。というわけで、花粉症に対してあまりあわてなくなった。そんなにお金を使わなくても対処は可能。さて製薬メーカーにあなたは踊らされていませんか?近場にあるものを利用すると、違った効果があるかもしれませんよ。 

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ラストワンマイル 2016/2/27

2月21日に行われた北九州マラソンに2年連続で参加した。小雪強風だった去年と比べて今年は晴天微風。天候は良かった。 

しかし両足アキレス腱炎で走り込みができず鎮痛剤の注射を打ってほぼぶっつけ本番のレース。体のコンディションの方は最悪だった。それでも注射の効果だったのか久々に「ペイン・フリー」で走ることができたのでなんだかうれしくなった。それでつい飛ばしてしまう。5~10キロのラップと20km通過タイムは自己ベスト。一気にサブフォーが狙えるのでは?と欲が出てしまった。好事魔多し。そこで足に激痛が走る。注射していなかった部分が悲鳴を上げたのだ。そりゃそうだろう。サブフォーを狙う多くのランナーが月間200キロはこなしているのに、こちらは40 キロそこそこ。注射の効果をすっかり元気になったと勘違いしたために完全なオーバーペースとなった。止めようかとも思った。しかしせっかく1万円も払ったのに途中棄権?それももったいない。なので残り22キロを歩いた。序盤のハイペースが「貯金」になったので各所の関門も無事通過。5時間15分という当初の目標よりも1時間以上遅いタイムだったが、それでも完走メダルを手にしたときはうれしかった。なによりいろいろな人たちの表情を見ることができたのは面白かった。首を傾けながら一生懸命に走る女性は何かを背負っているような真剣な表情だったし、60歳を超えたと思われる男性2人は会話を交わしながらお互いに励まし合って歩くようなスピードながら最後まで止まることはなかった 。すでに途中で足がつって動けなくなったランナーの多くは20代から40代。50代の私から見れば「若手」だ。自分を過信するとこうなるんだよ、と心の中でつぶやいたが、おっと自分もそうなんだと思うとちょっと恥ずかしくもなった。
残り1キロではかなり高齢とおぼしき男性が倒れていた。米国ではフルマラソンのゴール1マイル以内(1.6キロ)が最も危ないゾーンだと言われている。フィニッシュはすぐそこだから無理をしてしまうからなのだそうだ。幸い私が目撃した男性は助かったとのこと。しかし40代の男性がクモ膜下出血で、20歳の若者は腎不全で救急病院に運ばれている。好天でなごやかな雰囲気のうちに大会は終了したが、やはりフルマラソンは難しい。さて私はいつ、どこでリベンジしよう…。足の痛みが治まったらゆっくり考えたいと思う。 

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16年前のウオークマン 2016/2/9

 北米プロスポーツ界の最大のイベント、NFLスーパーボウル(7日)で優勝したのはデンバー・ブロンコス。その最強軍団の中にワイドレシーバーのデマリアス・トーマス(28歳)という選手がいる。母は彼が11歳の時に麻薬密売の容疑で逮捕されて刑務所へ。

 しかし昨夏、オバマ大統領の「恩赦」で刑期を2年残して釈放されていた。17年ぶりに社会に復帰した母に息子が「何が欲しい?」と尋ねたところ、返ってきた答えは「ソニーのウォークマン」だったそうだ。母が意味しているウォークマンはまだカセットテープをガチャッと中に入れていた20世紀バージョン。1999年に塀の中に入ったためにその後、急激に普及する「電子とデジタルの世界」を彼女は知らなかった。トーマスは「当時のウォークマンを探すのは容易なことではないので簡単な方法を選択しました」とiPhoneをプレゼント。そして音楽のダウンロードとメールの使い方を教え、自分がフットボールをプレーしている姿を見たことがない母をスーパーボウルに招待した。
 この話、なんだかずいぶんと時間のギャップがあるような感じだが、母が塀の中に入ってから出てくるまで16年ほど。その間に、社会で当たり前だと思っていたツールが姿を消し、コミュニケーションの取り方も随分と変わってしまった。
 私は今、フェイスブックとツイッターとインスタグラムとメールで仲間と「会話」を交わし、スマホとイヤホン型のランニング用ウォークマンを持っているが、もしかしたらこれも16年後には様変わりしているのかもしれない。なんだか流れが早すぎて落ちつかない気もするが、私たちは今、そんな社会の中で生きている。願わくば、愛情や美徳といった心の中の「善」の部分は永遠に変わらないで欲しいと思うのだが…。 

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あけおめ&ことよろ 2016/1/20

友人が娘さんの携帯に入っていたメールを見た。そこにあった文字は「りょ」。昭和の世代には何のことかさっぱりわからなかった。問いただしたところ「了解(りょうかい)」の「りょ」。 

確かにネットの世界では「オーケー」を「おけ」と書いたりするので、最初の2文字で表記をやめてしまうのも無理はない。時代が変わったのだと思う。LINEではスタンプだけで成立する会話もあるほど。言葉の短縮化と絵文字化はこれからも進んでいくのだろう。
 1960年代、人形が主役のサンダーバードでは「了解」を意味する「FAB」という言葉が随所に出てきたが、日本語の吹き替え版では省略されてしまった。製作サイドがその意味を公表しなかったのでいろいろな推論が出たが、最近ではこれは第二次大戦中に通信兵が使っていた「Fully Acknowledged Broadcast」(通信を完全に了解した)の頭文字をとった短縮形ということに落ちついている。リメークされたサンダーバード現代版では「FAB」とそのままのセリフになっているが、この経緯が公表されていなかったら、かなりの人が戸惑ったかもしれない。
 フェースブックの友人からは「あけおめ&ことよろ」という新年のあいさつが来た。だいたい意味はわかっていただけるだろう。長い文章を書くことが苦にならない私にとってはついていくのがやっかいな時代になった。だからしばらくレジタンス運動をしようと思う。できるだけ、言葉を削らずにこれからもやっていこうと思うのでよろしく。おっと、そこのあなた、心の中まで「りょ」とつぶやかないように! 

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新しい年 2016/1/6

 大晦日と元旦をひなびた温泉宿で過ごした。蛇口から出るのも温泉。東京で暮らしていると、その豊富な湯量がうらやましくて仕方がなかった。 

 しかし周囲の光景は心温まるものではなかった。目の前の木造の旅館はすでに廃業。最寄駅からバスで1時間の行程だったが、川沿いに張り付くように点在した民家のいくつかはすでに主(あるじ)を失って廃屋になっていた。泊まった宿のそばには吊り橋がかけられていたが、それを渡って対岸に行くと、かつては営業していた蕎麦屋が暖簾を下ろしていた。
 地方からの人の流出が止まらない。そこに高齢化の波が押し寄せている。どんなに明るい未来を政治家たちが叫ぼうとも、無人化する家屋の数の多さはこの国が崖っ縁にいることを物語っている。大都市に人口が集中する図式をどこかで変えないと、多くのものが失われていくだろう。「どこへ行く日本…」。露天風呂から満点の星空を見上げながら、冷めた心と体を温めた。
 新しい年になった。何か違ったことをやろうと毎度のこと誓いを立てるのだが、結果がついてきたことはほとんどない。なので自然体で行こうと思う。そして疲れたらまたあの宿に行こうと思う。では仕事、仕事。その行為にどれほどの意味があるのかはわからないが、ちょっとだけ頑張ってみるか。 

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財源不足 2015/12/19

 足りない財源の単位が「兆」になった。東京五輪の予算の話。建築資材の高騰や、テロを意識してことのほか神経質にならざるをえない警備費が膨れ上がったからである。すでに当初の見積もりの6倍。五輪誘致で訴えていた金額などもうどこにも見えなくなった。 

 不足分は国と東京都が負担することになるが、どんなにこれから節約に務めたとしても「傷口」は大きい。それはすでに来夏に開幕するリオデジャネイロ五輪が証明している。果たして庶民に五輪は必要なのか?この論議はやがてまたどこかでヒートアップしていくだろう。
 私はかつて五輪が大好きだったが今は不要論を唱える1人だ。ネガティブになっているのではない。たとえばその競技の「世界一」を争いたいなら、別の方法があると考えているからだ。男子マラソンの上位はそのほとんどをケニアとエチオピア勢が占めている。しかし五輪には1カ国3人までという制限がある。だからたとえ8位入賞を他の国の選手が果たしても、それは世界で8番目に早いランナーであることを証明することにはならない。他にも層の厚さが特定の国に集中している競技は多々ある。ならばその競技の層が厚くて国民に人気がある国で開催してみようではないか。開催国には出場枠を2倍にして優遇。これならたとえ費用が増えていっても、絶大な国民の支持があるならば開催が可能になる。
 世界選手権でさえも五輪と同じく地域の持ち回り制のようになってしまっているが、それはやめよう。あくまで「聖地」に似た雰囲気のあるところでやろう。そしてその大会の集合体を「五輪」と呼べばいい。
 開会式に見られるようなこれまでの華やかな五輪の雰囲気はなくなるかもしれない。しかし「兆」という単位を使うスポーツの祭典はもっと多くのものを失う。その金があれば救われる命をむしりとっていくことにもつながってしまう。ここまで来た以上、東京五輪は2020年の開幕に向かって突き進むのだろう。でも、それによって削られてしまう、あるいはなくなってしまう大事な部分をこれから記憶にとどめていこうと思う。 

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定期的な投資? 2015/12/3

9月のシニア・バスケ全国大会で被ったアキレス腱炎とアキレス腱滑液包炎がいまだに治らない。テーピングと置き鍼をして臨んだハーフマラソンでは7キロ地点から痛みが強くなって途中棄権。五十代も後半になってくると、昔はすぐに治ったケガがなかなか完治しない。名医がいたら紹介してほしいところだが、たぶんどこに行っても同じことを言われる。「休みなさい」と…。 

 2万7000円のランニングシューズがA社から発売されたが、さてどんな人が購入するのだろう。もちろん性能はいいのかもしれないが、今、私に必要なのは走ると痛みが消えてしまう「魔法の靴」なのだ。もしそれが性能の一部になっているのなら買いかもしれない。今シーズンに備えて購入したのは汗が肌にくっつかず、汗冷えを回避できる冬用のウエア2着と、型落ちながら足にフィットした定価の4割引きのランニングシューズ。ケガで走れないなら買うんじゃなかったと思うけれど、日本の経済を活性化するにはささやかであっても定期的な投資?が必要だ。
 中高年が健康を意識し始めて体を動かし始めると、何かを買い求めるようになる。ウエアやシューズだけでなく、帽子、手袋。ザック、ソックス、さらにはサプリメントやドリンク類、携帯食料、ザック、ポシェット、携帯音楽機器と、気が付けば走るための「道具」がどっざり自分の部屋を占領するようになる。私の場合、仕事で使う遠近両用のメガネまでフレームは軽くてずれないランニング用になった。「だから私はウォーキングくらいにしときます」と言っているそこのあなた。今やスポーツ・ウォーキング専用のシューズ、ウエア、携帯食料もあるのですぞ!
 無理をするのは体によくないのはわかっている。ただこの年になると、何もしないと1週間で体は錆びつく。蓄積した走力と技術はあっという間になくなる。お医者さんたちはそこがわかっていない。だから多くの人が「痛い、痛い」と言いながらもみんな走っているのだ。
 人生3回目のフルマラソンまであと3カ月を切った。走り込みはできない。なのでエアロバイクを漕いでいる日々。ちっとも面白くはない。さてこのどん底から脱出できるのか?私は今、毎日襲ってくる絶望感を振り払いながら、スポーツ関係の新製品情報に目を光らせている。 

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安全、潔白そして株 2015/11/18

パリの同時テロを受けてフランス政府はシリアにあるイスラム国の拠点とおぼしき場所を空爆した。 

 おそらく命を落した人はテロリストだけではないだろう。米国の19州はシリア難民の受け入れを拒否。その動きは欧州全域に広がりつつある。そのほとんどがテロリストではないとわかっているにもかかわらず…。
 ロシア陸連は組織ぐるみのドーピング隠ぺい工作で資格停止となった。このままいけばロシアの陸上代表はリオデジャネイロ五輪には出場できない。女子棒高跳びの世界記録保持者、エレーナ・イシンバエワ(33歳)は自身5度目の五輪を目指しているが「ショックを受けた。正直言って潔白な選手にとっては不公平」と不満を口にした。
 安全と潔白を保つのが難しい時代になった。人間社会が「国」という単位で出来上がっているがために、罪のない多くの人たちが行き場を失おうとしている。すでにイスラム国はパリに続いて米国の首都ワシントンDCを「襲う」と宣言。「目には目を」の報復が重なっていくと、経済基盤は揺らぎ、まともな株式市場を維持していくのも困難になっていくかもしれない。そして五輪という名のスポーツのビッグイベントは安全と潔白をともに保てなくなった時に確実に崩壊する。もし日本がテロの被害に遭い自衛権行使という名の下で報復行為に出れば、2020年の東京五輪はどうなるのだろう?
 株価が上がる理由と下がる理由。今後は違った要因が絡んでいくことになるのだろう。形を変えた世界大戦。私たちは今、その真っただ中にいるのだ。 

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ちょっとっだけ先送り 2015/11/1

 アンチ・エイジング。そりゃいろいろ試してますよ。ポリフェノールが多いからと言う理由でリンゴは皮のまま食べていますし、植物性油脂の入っていないビター・チョコレートも今やおやつの中のメーン。 

 コエンザイムQ10を含めたサプリメント類も常備。運動もやっているので「絶対、血管年齢は若いはず」と思って先日、とある公共のイベントで計測してもらったら実年齢通りでした。まったくアンチ・エイジングになっていなかったですな。でも実年齢より老いていた、と判断されなかっただけマシか…、と自分を納得させて会場を後にしました。
 で、思うんです。老いを食い止める方法。それを発見して実用化にこぎつけた人がいたらとっくにノーベル賞ものですよね。つまり、今世間に広がっているアンチ・エイジングの方法とは、かすかに証明された科学的データを拡大解釈すると、もしかしたらちょっとだけ老化を先送りできるんじゃないかな?と、まあ、この程度のもの。(通販関係の方、ごめんなさいね。よくテレビの番組は見てますけどね)。そういうわけで、アンチ・エイジングの方向性を少し変えました。
 ①きっちり実年齢に見えるような努力はしよう。なので運動や食事には気をつけるべし
 ②「お若いですね」と言われたら悲しむことにしよう。その言葉に「未来」はない。
 ③老いていく自分を楽しもう。今までとは違った自分に出会える喜びを持とう。
 ④健康とは老化を防ぐことではなく、今の自分に出来ることをきちんとこなしていることを言うのだと信じよう。
 ⑤宇宙の時の経過に比べ、人間の寿命など一瞬でしかないから、若返ったところでアインシュタインさんに笑われると考えよう。
 以上、この5項目を胸に秘めてこれから生きていきます。ただ頭髪があっと言う間にフサフサになるビター・チョコが発売されましたら手を出すことにします。皆さんもある程度、そこそこに頑張りましょう。 

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ノーサイド 2015/10/15

 喘息の主治医に言われた。「しばらく運動はだめです」。すでに半年ほど投薬治療を受けていたが症状が悪化してしまった。

 原因は9月末に参加したシニア・バスケットボールの全国大会(八幡カップ=山形県酒田市、50歳以上の部)で自分の体力の限界を超えて(おそらく)プレーしてしまったから。最初はほどほどにやるつもりだった。しかし1次リーグ初戦で元日本リーグに在籍した選手がいる岡山代表を下し、2戦目で高校バスケ界の名門校のOBで編成した福井代表にまさかの20点差勝利。勢いに乗った私たち神奈川代表の雑草軍団は2次リーグ初戦でこともあろうに?昨年優勝している埼玉代表まで2点差で下して場内をざわつかせた。4戦目は東京代表。勝てば決勝リーグ進出という試合で、もうフルスロットルでやるしかなかった。相手の平均身長はわがチームより7cmも高い184cm。前半ではくらいついたが、故障者3人を抱えてすでに交代要員がいなくなり、後半で私たちのチームは力尽きた。ふと気が付くと足首が痛い。帰京して病院に行ったら「アキレス腱が腫れあがって切れる寸前かもしれません」と言われ、せっかく治まった慢性喘息の症状もぶり返してしまった。アドレナリンがあふれて痛みと苦しさを忘れさせてくれたようだが、いざ日常生活に戻ると体がボロボロになっていることに気が付いた。
 もちろん充実感はある。3勝したのにその先のステップに行けなかったのはラグビーの日本代表と同じ。次元は違うが、予想もしなかった3度の番狂わせ?にわがチームの面々は涙腺が緩んでいた。たぶん競技をやらない方々にはわからないと思う。でもたかがシニア・バスケとは言え、みんな仕事の合間を縫って一生懸命に練習したのだ。その努力が結果となって現れると、ケガとか病気のことはもうどうでもよくなってしまった。
 私たちに敗れた福井代表のメンバーが試合当日の夜に行われた懇親会で声をかけてくれた。190cm以上を2人も抱えていた彼らは、私たちがあれほど走って執拗にディフェンスを仕掛けてくるとは思わなかったそうだ。そしてこう話してくれた。「みんな大会に出るとお金をどんどん使わなくてはいけなくて大変なんですけど、こんな使い方なら後悔はしませんよね」。負けた彼らが満足していることに気が付いた時、また少し胸が熱くなった。
 スポーツには人生で大事なものを見つけるチャンスが随所に隠されている。スーパーシニアと呼ばれる50歳以上の部に参加したのは26チーム。でも試合が終わればみんな「同志」だった。そう、ラグビー用語の「ノーサイド」は、おじさんバスケの大会で存在しているのである。

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新天地への挑戦 2015/9/18

 米プロフットボール・リーグ(NFL)のサンフランシスコ・49ers(フォーティーナイナーズ)に、ラグビーの元オーストラリア代表だったジャリード・ヘインズ(27歳)いう選手が入団。

 夏のキャンプを経て53人の最終枠に残り、開幕戦となった14日のミネソタ・バイキングス戦でランニングバック(RB)兼リターナーとしてデビューした。最初のプレーは相手のパントをキャッチしてリターンすることだったが、ボールの目測を誤って前に突っ込んでしまいファンブル。自分で頭を抱える痛恨のミスとなったが、それでもこの試合でラグビーにはないパスレシーブも1回記録して、新天地の初戦でチームは20-3で白星を挙げた。
 キャンプ初日では姿勢が高すぎると注意を受けた。案の定、ボールを持って前に突っ込んだら、正面にいたラインバッカー(LB)に下半身から持ち上げられて投げ捨てられた。ディフェンスの第2線にいるLBとはいえ、ラグビーの選手より体重は重い。俊足を持ち味にしていた188cm、103kgのヘインズだが、それでも軽く跳ね返された。
 今後もラグビーとの違いに苦しむ場面は多いことだろう。しかし幸か不幸か、開幕戦でチームの主力RBの1人が脚を痛めてダウン。控えのRBはヘインズ1人になってしまったから出番は増えるはずだ。
もちろん課題は多い。しかし彼の果敢な挑戦はラグビー界にも影響を与え始めた。アメフトは未経験なのに、ヘインズは最終枠に入ったことでリーグの最低年俸ながら44万ドル(約5300万円)が保証された。この額を稼げるラグビー選手が世界に数えるほどしかいないことを考えると、彼の後を追っていくラガーマンが増えていく可能性もある。
 もちろん金銭だけが目的ではないだろう。NFLのスーパーボウルはサッカーのW杯に匹敵するスポーツ界のビッグイベント。ラグビーW杯よりも世界の注目度は高い。名誉と栄光を求めての「転職」は、やがて珍しいことではなくなるかもしれない。一方でヘインズがもし大成するなら、NFLのマーケティングとスカウティングも変わっていくだろう。ヘインズのラグビーでのポジションはバックス(センターとフルバック)で、そこには日本にも有能な選手がいる。NBA(バスケットボール)、NHL(アイスホッケー)、大リーグを含めた北米4大スポーツの中でいまだ日本人選手が誕生していないのはNFLだけ。ヘインズの今後のプレーは違う国の選手の運命にも関わってきそうだ。

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脳に汗を 2015/9/2

 東京五輪のエンブレムが盗作騒動とともに「無」となった。個人的にはパクリうんぬん以前に、デザインとしての「ひねり」のなさが不愉快だった、TOKYOだから「T」をモチーフ?まずその段階でアイディアの貧弱さが如実に出ていたのではないだろうか。 

 私はもともとコピーライターの卵だったので、まだ若かったころには当時すでに一線で活躍していた先輩たちから嫌というほど「ひねり」を学ぶことになった。
 ある日の題材は何気に会議室に置いてあった金属製の灰皿。これに「名前」をつけろ、というのがテーマだった。ここからコピーライターでは当たり前のブレーンストーミングという脳の猛特訓が始まる。連想する言葉を各自が挙げ、出てきた言葉をさらに連想して次の言葉を書きだしていく。イメージ系、機能系、色彩系など言葉はジャンル別に仕分けし、さらに掘り下げていく。2時間経っても終わらないし、時としてこの脳の訓練は1週間以上続く。最後に決定した名前は、およそ灰皿とはほど遠い感じだったが、それでも既成概念をぶっ飛ばすほどのレベルにたどり着いたことだけは確かだったし、掘り下げた言葉の層は実に厚みがあった。だからコピーではなくデザインであったとしても、こんな浅い層でアイディアが止まってしまったことが信じられないのだ。
 おそらくそこには日本の広告業界にはびこる悪しき「談合体質」があって、仲間内で選んでは選ばれるという互助会のようなシステムが影響したのだとは思うが、それにしてもちょっと情けない「入選作」だった。大手広告代理店の談合力学も作用していて、それが脳に汗をかかせることを怠ったのではないか、という見方もあるが、だとすると今回の失敗はデザイナー1人の責任ではあるまい。新国立競技場同様に「差し替え」となった2020年東京五輪のエンブレム。浄化しなくてはいけない部分が見えたことがせめてもの救いだったような気がする。

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体温以上の風 2015/8/13

 自転車で前に進むと熱風が顔をなでていった。気温38度。東京の暑さはもはや沖縄をしのいでいるのではないかとも思う。首には水にぬらしただけでひんやりする縄状の冷感グッズを巻いてみたが効果は数分。会社まではいつもなら20分ほどで到着できるが、その日は途中で大手スーパーに「ピットイン」して10分ほど休憩してしまった。

 同じ日にエアコンが故障していた軽自動車を運転していた男性が熱中症で事故を起こしていた。窓を開けて風を取り込んでいれば大丈夫だと思っていたらしい。しかし体温以上の風は、もはやなにひとつ涼感を与えてくれない。日本の猛暑は手ごわいのだ。
 2020年の東京五輪はそんな暑さの中で開催される。1964年の五輪では10月10日が開会式だったが今度はそうではない。10月に開催すると、今では参加が当たり前になった米プロバスケットボール(NBA=キャンプインは10月)の選手が出場できなくなったりするので、五輪の「営業面」を考えると秋開催は無理だ。
 さてそうなると猛暑の中で競技する屋外スポーツの選手にとっては極めて危険で厳しい五輪になるのは避けられない。「いくぶん涼しくなる夜中にマラソンを行ってはどうだ」などとのたまってしまうおエライさんもいるが、終電がなくなったあとの競技を観客はどうやって見るのだろうか?
 ただ最も過酷とも言われる競歩(男子は20kmと50km、女子は20km)に関しては解決策がある。競歩は常にどちらかの足が接地していなくてはいけないというルールがあるので、これをチェックする審判員が各所にスタンバイしている。当然、一直線のコースだと監視の目を光らせるのは困難なので、多くの大会で2キロほどのショートコースを周回するパターンになっている。ならば東京で猛暑を避けながら競歩ができる「新・周回コース」があるのだ。
 それが新宿や東京駅周辺に広がる地下街。店舗の利益をどう保証するのかという問題はあるが、選手は夏の日差しを避けられるし、審判員の負担も少なくてすむ。史上初の地下街開催。さて、五輪組織委員会の皆さま、いかがでしょうか?えっ、新国立競技場をどうするのかで手いっぱい?まあ、そう言わずに。おっと、これは誰かのアイデアをパクってなんかいませんから、ぜひ考えてみてください。

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GOOD LOSER 2015/7/29

 高校野球の地方大会で母校が21年ぶりに準決勝まで進出した。全国制覇2回を達成しているとはいえ戦後まもないころの話。

 公立校ゆえに有能な選手を全国から集めるというような強化策は打ち出せないので、必然的に私立の強豪校の陰に隠れるようになった。だからここまで進出しただけでも凄いことなのだ。フェイスブックでは同期の仲間とこの話題で持ちきり。59年ぶりとなる夏の甲子園出場を誰もが期待した。
 だがスコアは2-4。昨夏代表の私立校に善戦はしたが勝てなかった。奇しくも相手の監督はわが母校のOB。甲子園出場歴のあるプロ野球経験者だけに強豪校で指揮を執るという進路は決して間違ってはいなかったと思うが、まさか初めて采配をふるった夏の地方大会で母校の夢を摘み取るとは考えてはいなかっただろう。ある意味、残酷な対戦だったかもしれない。
 相手校のバッテリーと上位打線は遠く離れた県外の出身者。野球部には「トップ・アスリート」として入学した生徒以外は入部できない。米国のカレッジ・スポーツなら当然のシステムだが、万人に門戸が開かれているはずの学校教育の中でのスポーツとしてとらえると違和感が残る。なので私を含めて多くの同期生たちが悔しがった。公立校なら頂点なのに…。そんな悔しい思いも残った。
 しかし十代の後輩たちは、試合が終わると球場の外で勝者となったエリートたちに「頑張ってくれ」と握手を求めて激励したそうだ。あともう少しで勝てた試合でもあったので泣き崩れて言葉を失っていると信じていたが、そうではなかった。GOOD LOSERであれ…。そうだ、スポーツにはそんな言葉もあったなと少年たちに教えられる試合だった。
 母校を倒した強豪校は決勝でも4-0で勝って2年連続で夏の甲子園出場を決めた。悔しいけれど、後輩たちの態度を少し見習おうと思う。これはある意味、人生の縮図だ。競争があれば、どこにでも山のように敗者が生まれてくる。そこで卑屈になってしまうか、それとも前を向くか…。岐路でどちらを選択するかで見えてくる風景は変わってくる。
 さあまもなく全国大会が幕を開ける。一瞬の夏であってもその記憶は永遠。母校の姿はないが、まだ目にしていない新たなGOOD・LOSERを探してみることにする。

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女子高生の足下はギリシャ 2015/7/9

 会社近くの商業高校の正門から女子生徒が5人出てきた。後ろ姿をじっくり見る。ストーカーではない。眺めていたのはお尻ではなく足元。

 5人中3人のつま先が外を向いていたのだ。俗にいうガニ股。彼女たちには意識はないと思う。ただそれはスポーツ的には「選手不適合」を意味していて、少なくとも世界のトップアスリートにはなれない。マラソンの場合、つま先が外を向いたまま走っているとゴールしたときには5~10分タイムをロスしているとまで言われている。力が外に逃げるので前への推進力を欠いてしまうのだ。バスケットボールの選手なら、それは膝と股関節を痛める原因になるので、有能な選手は若いうちから歩き方をみっちり直される。
 彼女たちがガニ股になっている一因は太腿内側の内転筋の未発達もしくは衰えかもしれない。内側に足を寄せる力が足りないからつま先が外を向いてしまうのだ。このまま歳を重ねていくと、やがて両脚が開き、腰が曲がって杖をついて歩く未来が確実に待っているので「ちょっとお嬢さんたち…」と背後から声をかけて警鐘を鳴らそうとしたが、100%変なおじさんと受け取られることになりそうなのでやめておいた。
 小さなことかもしれないが、そのうち大きな変化になってしまう出来事。女子高生の足元は世界経済におけるギリシャを思わせる。鍛えておくべきだった内転筋はEUそのものかもしれない。そこが弱っているからこうなってしまったのだ。放置しておくのはかまわない。ただしそれは未来に大きなツケを回すことになる。つま先を正面に向けるのは決して難しいことではない。しかしそれには集中力と忍耐、努力が必要。そんなことを思い浮かべながら女子高生の足元をじっと見ながら歩いていたら、いつの間にか、会社を通りすぎていた。変なおじさんはちょっと恥ずかしそうにUターン。決してストーカーではないので通報しないように!

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チャリ受難 2015/6/25

 6月から道路交通法が改正され、自転車乗りにはきびしいルールがいろいろとつきつけられた。私は改正前から左側通行をしているし、とくに自分自身では「変化」は感じない。

 ただ相変わらずスマホを見ながらの運転は目につく。もっとも多い違反者はたぶん雨の日に傘をさす利用者だろう。私は雨具を着るので傘をさしたことはない。梅雨のこの時期はいつも雨具を携帯している。傘をさすとどう見ても自分のことだけで精いっぱい。だからこちらが見えていないから気になる。しかも雨の日に取り締まっている警察官は見たことがない。取り締まるのもしんどいから仕方がないのだろうが、もう少し本気になってほしいと思う。耳が不自由で補聴器をつけて自転車に乗っていた人が警察官に呼び止められて「イヤホンは外してください」と言われたそうだ。その人がイヤホンではなく補聴器であることを訴えると今度はこういわれたそうだ。「また他の警察官が見たら間違えますから、できるなら外してください」と。おいおい、改正法では危険行為を禁止しているのであって、「イヤホンを付けるな」とは明文化されているわけではない。この場合の危険行為とは、外の音が聞こえなくなる補聴器を外してしまうという行為。取り締まるべき警察官がその危険行為を推奨するとはいかがなものか…。とにかくこの法律はとても未熟だ。
 欧州に目を向けてみる。デンマーク、オランダ、ドイツなどには自転車専用レーンではなく自転車専用道路がある。自転車に関して最も先を進んでいるデンマークにいたっては、マンション上階にある玄関からエレベーターを使わずにスロープで自転車で下まで降りられる物件もある。オフィスまで車道を一度も通過することなくたどりつけるエリアもあるとか…。いつも自動車の往来の激しい一般道路の左隅を走っている私にとってはうらやましい限りだ。多くの日本の「チャリダー」たちも「もっと自転車に優しい道路作りを」と願っているはず。しかしそうなると自動車が車線減となって影響を受ける。自動車産業に経済を頼っているこの国にあって、「自転車ファースト」のインフラ作りは永遠に進まないかもしれない。これほど排出ガス削減に効果がある方策はないというのに…。
 きょうも私はチャリ通勤。地球環境の浄化にかすかながら貢献しているが法的に恩恵を授かった経験は一度もない。自動車べったりの日本。車同様、世界で高い評価を受けているいいメーカーは多いんですけどね。


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そこにレースがあるからだ 2015/6/2

 5月31日、バスケ仲間と一緒い第35回山中湖ロードレースに参加してきた。4年連続のチャレンジ。前夜に湖畔の旅館に泊まったのだが、夜グラグラと揺れた。

 小笠原沖の地震の影響。横揺れが3分ほど続き、いったんは仲間と「外に出ようか」と避難を考えたほど。だがそれが治まると最年少の27歳は「ちょっと試走してきます」とスタート12時間前となった午後9時に12kmも走ってしまった。年の差を痛感する一コマ。だがこれが裏目に出た。
 当初の天気予報は曇り時々雨で最高気温は22度。ロードレースの天候としてはまずまずだった。ところがまったく何もなかった地震警報同様に、天気予報も当てにならなかった。朝起きて驚く。青空が広がって富士山が見えている。なにより暑い。スタート時の気温は28度で、すぐに30度を超えた。喘息持ちの私にとっては危険な天候。タイムなど狙える状態ではなく、とにかく熱中症にならないようにゆっくり走った。去年より4分遅かったが、完走したときには正直ほっとした。余裕があって周囲の人がよく見えたので、その表情やコスチューム、そしてTシャツにプリントされた「なぜ走る?そこにレースがあるからだ」といったメッセージなどを目にしながら雰囲気を楽めた。
コスプレは今やロードレースでは定番化。今回もアニメのキャラや客室乗務員、はたまた妖怪、動物、サムライたちが湖畔を走っていた。実はこのロードレース専門のレンタル衣装ビジネスがあって、殿さまスタイルをフルで借りると7000円から1万円。今や日本のランニング人口は1000万人に迫る勢いで、こんなマーケットも出来つつあるのだ。
 さて勢いよく前夜の試走に繰り出したうちの若手。ハーフの目標タイムは1時間40分で前半の10キロを46分という好タイムで通過したが、そこで暑さにやられた。足も動かない。だから「やめとけ」とおじさんは忠告したのだが、それを聞かなかった罰だ。ここは残り3キロが緩やかな上りとなる過酷なコースで、標高は日本のロードレースとしては最も高い部類に入る1000m。酸素の量は平地より6%ほど少ないから疲労感がすぐに来てしまうのだ(とくにおじさんは…)。たぶん熱中症気味になったのだと思う。後半の10キロは54分。残り1.1キロは歩くような速度に落ちて1時間58分でゴール、いや倒れ込んでしまった。何事も経験が必要だが、果敢と無謀は紙一重。自滅した後輩の姿を目に焼き付け、「こうはなりたくないな」と肝に銘じ、富士山が噴火しなかったことに感謝して、山中湖を後にした。


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生理学とスポーツ論と経済 2015/5/20

高校の同期7人が赤坂に集まった。高校生だったのはもう39年も前。それでも顔を合わせると気持ちは十代に戻る。おしゃれなスペイン料理店。店内には大きな声が響き渡り、はるか昔のデータが次々にダウンロードされてはそこに各自の見解が付け加えられた。

 生理学的にこの場面を振り返る。話をしたので脳は活発に動いたはずだ。1人だけしょっちゅう記憶が飛ぶのが気がかりだったので脳の検査を受けるように言っておいた。それでも記憶をいっぱい掘り起し、それを脚色するかのように話をどんどん大きくしていった感じもあったので、脳内伝達物質は活発に分泌されたはずだ。この際、それが事実かどうかといったことは大した問題ではない。なのでとりあえず全員が鬱的症状とはほど遠い位置に立ったので心の健康は保たれた。ストレスはたちまちのうちに発散され、別のテーブルに?飛んでいったと思う。(他のお客さんに陳謝)。耳鼻科の内視鏡検査で声帯にしわができる声帯溝症だと診断された私にとっては、しゃべっている時間は大きな意味を持つ。そのしわはしゃべらないとどんどん増えて、そのうち声が出なくなる可能性があるので、昔話へのボケと突っ込みはとても大事だった。

 スポーツ論的にこの場面を振り返る。宴のあと赤坂の町を歩く仲間の姿を後ろから見た。内股でX脚気味のAさんには「それだと膝に負担がかかって股関節にもよくないよ。つま先を前に向けて歩こう」、右足のつま先だけが外を向いて歩くIさんには「右脚の内転筋が衰えているかも。鍛えないと」と言っておいた。高校時代より20kgも体重が増え、両足ガニ股になっているFくんはすでに歩き方などは無関係と判断。「あのな、腹ひっこめても一緒。痩せろよな」と核心をついてやった。

 経済的にこの場面を振り返る。仲間と昔話ができるなら、あるいは仲間と価値観を共有できるなら、日本の中高年は少々高級なお店でも中に入っていく。おいしいなら文句は言わない。食べるものには値段があるが、ダウンロードされる「思い出」というデータはいつもプライスレス。その気持ちがある限り、我々は日本の経済を常に動かし続けていく。(ま、ほんの少しだけど…)。

 一夜明けて出社。早朝から仕事をしたので眠い。睡眠時間は5時間ほど。話し疲れが翌日に残るようになった。ただそれを乗り越えるだけの心の柔軟性はまだ残っている。なのでもうちょっと頑張れそうだ。さて、あいつはまさかきょうトンカツとか脂っこいものは食っていないだろうな…。


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無観客試合 2015/5/1

 4月29日、米メリーランド州ボルティモアで開催された大リーグのオリオールズ対ホワイトソックス戦は史上初の無観客試合となった。取り調べを受けていた黒人容疑者の不審死が発端となったボルティモア市内での暴動が原因で略奪事件も発生。大リーグ機構は人を集めてしまうと群集心理を生むとして苦渋の選択をせざるをえなかった。

 オリオールズの本拠地「オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ」の収容人数は4万5971人。だがまるで早朝の草野球のようにスタンドはがら~んとしていた。
 事件を振り返ってみる。25歳の黒人男性フレディ・グレイさんは警察に拘束された際に頚椎を損傷。その後、病院で死亡しているが負傷の原因は未だに不明だ。オバマ大統領は「ボルチモアでの暴力は正当化できない」としたが、4月19日にグレイさんが死亡した後から抗議デモが活発化。事件の調査中に6人の警官が職務から外された。多発する白人警官と黒人容疑者の衝突と死。おそらくこれは「点」ではなく人種差別問題を含む歴史上の「線」で考えないと理解するのは難しいかもしれない。
 その暴動が起きている最中、私はある裁判の行方を注目していた。被告は27歳のジャバリス・クリテントン容疑者。かつてNBA(米プロバスケットボール・リーグ)で2年ほどプレーした選手だった。NBAではさほどサラリーが高い選手ではなかったとはいえ、生活には困らない収入があった。しかし仲の悪かったチームメートを威嚇しようとしてロッカールームに銃を持ち込んでNBAから処分を受け、トラブルメーカーとしてチームを追われた。結局、2011年にアトランタで発生した女性の殺人事件に関与したとして逮捕され、ボルティモアでの暴動が沈静化しない日に、懲役23年と17年の保護観察処分という量刑宣告を受けた。向こう40年、彼には「自由」がない。裁判では彼は主犯ではなかったとされている。しかしそれでいて刑は重かった。さてもし彼が白人だったらどうだっただろう?日本人の私がそう感じるのだから、米国で生活している人たちの思いは複雑だろう。
 あるニュース映像が印象的だった。暴動の現場でマスクをつけて略奪に加わっていた若者が自分の息子だとわかった母親が、その息子を殴ってしかりつけていたのだ。テレビのインタビューに答えたその母親は「そんなことをグレイさんの遺族は望んでいない」と声を荒げていた。方法は乱暴だが、まだ理性が残っている人たちがいるのを見て救われる感じだった。
 大リーグの試合をつぶしてしまったボルティモアの暴動。社会が乱れるとスポーツ・ビジネスはすぐに破綻することを証明してしまった事件だった。日本がこうならないことを願うばかりだ。


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幻のマラソン 2015/4/8

 3月15日に開催された横浜マラソンの距離が186m短かったことが明らかになり、コースは日本陸連に公認されなかった。走らない方にはピンと来ないかもしれない。

 しかし今や1000万人を突破しそうな日本のジョガーたちには結構ショッキングなニュースだった。なにしろ参加した約2万人の記録はすべて未公認。つまりフルマラソンを走ったとは認定されないことになるのだ。当日のレース・コンディションは良好。私の友人は自己ベストの3時間27分台で走っており初の「サブ3.5」を祝って一席設けたほどだった。50歳で初マラソンとなった俳優の鶴見辰吾さんは3時間12分58秒で走って周囲をあっと言わせたが、その「快挙」もフイ。NHK衛星には「ラン×スマ」というジョガーに人気の番組があって、今回はレギュラーでタレントの田村亮さんの「フルマラソン初挑戦」を追いかけて前編、後編の2回にわたる特集を組んでいたが、結局「フル」ではなくなってしまった。なにより日本にはフルマラソン年間ランキングいうのがあって年代別に自分の順位がわかるのだが、2万人の記録が消滅するのだからランキング自体の質が問題になってくるだろう。たぶん多くの人がこのレースのために一生懸命練習をしたはずなので、たかが186mの誤差とはいえ、大会主催者の責任は重い。実は私もエントリーはしたが競争倍率3.4倍の狭き門にはじかれて今回は不参加。もし自分が出ていて自己ベストで走っていたら、たぶん「激おこ・モード」になったと思う。

 参加費は日本最高額の1万5000円。「フルマラソンです」と語っておいてフルではないのだから「看板に偽りあり」として返金を求めている参加者もいるのでは?計算すると鶴見さんで誤差は51秒。ご本人は「次は2時間台を狙います。また初マラソンだって言えるんだし…」と笑顔を見せたようだが、私の友人は少々へこんでいる。仲間からは「幻の自己新」「自称サブ3.5」などと冷やかされ、祝賀ムードは吹っ飛んでしまった。なので横浜マラソンの主催者さん、今回の宴席のお勘定くらい払ってもらえませんか?

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 私が買わない株 2015/3/20

 渡辺雄太という20歳の若者が米カレッジ・バスケに挑戦している。現在ジョージ・ワシントン大の1年生。203cmと日本選手としては大柄で、香川・尽誠学園高時代から将来を期待されていた逸材だ。 

 ジョージ・ワシントン大は全米大学体育協会(NCAA)が定める一部校のひとつ。現在は14校で編成されているアトランティック10というカンファレンスに所属している。
 一部とは言え、決して最上位のカンファンレンスではない。しかしいまだかつてこのレベルの大学で1年生から先発に抜擢された日本選手はいない。NCAAの1部でプレーした男子選手でさえ過去3人。彼は日本人が誰も歩んだことのない道を歩いている。
 さてその一方で日本のバスケットボール界はどうなのかというと、目下、国際バスケットボール連盟(FIBA)から制裁処分を科せられて身動きができない状態。国内にNBLとbjリーグという異なるプロリーグがあるばかりか、仮に渡辺のような優秀な選手が高校生にいたりすると、高体連というさらに別の組織に身分をしばられてしまう。NCAAが米国のカレッジ・スポーツに関わるあらゆる競技のトップに位置する組織と比べると、あまりにも未熟。どこに命令指示系統があるのかFIBAにはさっぱりわからず、ゆえに「組織を一本化しない限り国際試合出場は認めない」とお叱りを受けたのである。
 この背景には日本のスポーツ界はここまで実業団という組織が支えてきたことが挙げられる。プロスポーツ界ではサッカーがそうであるように、地域名をフランチャイズ名にする動きが加速。しかしそれでは企業名が消えてしまう。それに抗う古い時代のスポーツ経験者と経営者がバスケ界の進化を阻んできたのである。
 さて冒頭でも書いたように日本のバスケ界には今、もしかしたらNBAでプレーする可能性がある金の卵がいるのである。若者は頑張っている。ならばいい年をした大人たちが、そんな若い世代の未来を私利私欲でつぶすことは言語道断だろう。現在、日本サッカー協会の最高顧問である川淵三郎氏がFIBAの「JAPAN2024・TASKFORCE」のチェアマンに就任して組織改革を断行中。異を唱える者がいれば、ぜひ渡辺のプレーを自分の目で見て欲しい。東京五輪まであと5年しかないのだ。なので私は現在、某大手電機メーカー数社と某自動車メーカーの株は買わないことにしている。せめてもの抗議のつもりだが…。

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 葬儀って 2015/3/2

 母の四十九日の法要で故郷に戻った。読経が終わり、僧侶がこんなことを口にした。

「葬儀会社が葬儀だけの費用を言うんならいいんです。でもお布施は寺の範疇。口出しせんでもらいたい。だからしょっちゅうけんかになるんですよ。うちはお金持ちもそうでない人も一律30万円。あなたのお母さんの戒名からしても今度のお布施は10万円少ないんです。断っておきますがお布施というのは宗教法人に入るんであって私の懐に入るわけじゃない。そこからいくばくかのお金を頂戴するだけ。そこのところをわかってほしいんです。すべての人が不公平にならないようにしないとね」。怒りの矛先はうまい具合に葬儀会社のように向かっているようにも見えるが、それは遺族に向かってしゃべっているのは誰にでもわかる。その瞬間、こう思った。「この人は仏事をビジネスにしている営業マンにすぎない」と…。
 母の10日後に亡くなった伯父は無宗教の葬儀だった。略式で読経はないし僧侶の姿もない。あっさりしていたが、お布施の相場を探ることも四十九日を含めた法事のことを考える必要もない。遺された側に立つと、実にありがたい。短期間に身内の2つの葬儀を経験した私は、もし自分がその立場になったら後者を選ぼうと心に決めた。
 結婚式を簡素にやる若者が増えているという。入籍だけというのも珍しい話ではなくなった。葬儀にかける費用は人それぞれだろうが、たぶん年々、その金額も減少しているのだろう。お布施が少ないと言ってきた僧侶の気持ちはわかる。しかしそれを口に出すなら話は別だ。「ではビジネスをさせていただきます」と次からは切り出そうと思う。「予算はここまで。これ以上は出しません。ご不満なら話はなかったことに…」。

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 来年も頑張って 2015/2/14

2月8日。今年で2回目となった北九州マラソンに参加してきた。

 ここは私の故郷。その2週間前に左太腿裏の半膜様筋を痛めて走り込みができず鍼治療を受けてのぶっつけ本番だったが、前半は快調で痛みもなく30キロは自己ベストより1分早い2時間59分で通過していた。ところが当日の北九州市の天気は午後から激変し、急激に気温が低下して各ランナーを苦しめた。30キロ地点となった門司港駅を折り返して関門海峡を右手に見ながらフィニッシュ地点となる小倉方面へ向かうと強烈な向かい風。道路には荒れ狂った波が打ち寄せ、不運な人はそれを頭からかぶってへたりこんでいた。最後は気温2度で雪。手も足も感覚がなくなった。おそらく低体温症だと思うが、私の後続にいた何人かが倒れ、数えただけで私の横を救急車が4回通りすぎていった。逆風のラスト12キロで私も疲労困憊。とにかく寒い。最後の5キロのラップは36分台と歩いているようなペース。それでも高校の同級生たちが沿道で写真を撮ってくれたり、ゴール地点でも出迎えてくれるなど、「心」は温かった。

 みんな50代後半。こんな悪天候の中を完走した私に「感動した」とメッセージを送ってくれ、なんだか人気者になってしまった。優勝タイムが去年より12分も遅かったフルマラソン。たぶん今シーズンで最も日本でタフなレースだと思う。さて多くの人に「来年も頑張って」と励まされたがどうしよう。レース後、3日経っても動悸がおさまらず短い間隔で襲ってくる尿意との戦いも強いられた。そして4cmから2cmに縮小していた太腿の患部は15cmに拡大。褒められたものの、現実はそれほど甘くない。救急車に乗っての「ゴール」だけはしたくないのだが…。

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 往復9時間 2015/2/5

 米デトロイト・フリープレス紙が自宅から工場まで往復34キロを10年間にわたって徒歩で通勤しているジェームズ・ロバートソンさん(56歳)の日常生活を特集していた。時給1230円で働く工場の労働者。10年前に日本製の中古車が壊れたが、新たに車を買う余裕がなかったためにこんな生活が始まったのだという。

 記事には2つのアングルがあった。56歳の中年が2時間の睡眠時間と往復9時間の徒歩通勤で週5日の労働をこなしているというアスレティックな切り口。デトロイトの2月の最低気温は平均で氷点下8度とあって、そのタフな自然環境をはねのけている彼の基礎体力は驚異としか言いようがない。そしてもうひとつは「彼のような真面目な労働者がこんなに過酷な通勤手段を強いられていてもいいのか?」という福祉面の不備とモラルを問う切り口。市の財政が破綻しているデトロイトの厳しい現実を、黙々と働く1人の黒人労働者を通して訴えた紙面だった。
 私にも2つの感じ方がある。年齢はロバートソンさんと同じ。のんきにフルマラソンに参加したりしているが、生活のためだけに34キロを歩けるか?と聞かれれば「無理だ」と答えるだろう。もうひとつは自分の住む町や故郷の自治体の財政が破たんしたら、はたしてロバートソンさんのように生活をきちんと組み立てられるだろうか?という思い。すでに北海道の夕張がその現実と直面しているが、日本は破綻した自治体を立て直す確かな手段を身に着けていない。勤労意欲を維持することはどんな人でも難しいだろう。
 株価は上がっている。しかしそれは国の豊かさを指し示す数値ではない。日本はどこに向かっているのだろう?黙々と雪の中を歩くロバートソンさんの写真を見て、ちょっと考えさせられた。

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 日本らしさ 2015/1/20

 深夜3時に電話がかかってきた。母急死。83歳の誕生日だった。朝一番の新幹線に乗って東京から郷里の福岡・北九州市へ。不思議と動揺はしなかったが、車内で本は読めず、音楽を聴く気にもならなかった。

 到着後、あわただしく葬儀の手配。多くの方がたどった道を進んでいく。そこでこれまでとは違った経験をさせてもらった。なかなか帰ってこない「喪主代理」のために、何も頼んでいないのに町内の方が動いてくれる。入所していた高齢者ホームの手続きをやってくれたのは母の友人の息子さんだ。葬儀会社の担当者が親切丁寧なのは東京でも同じかもしれないが、会葬礼状には「略儀ながら…」の常套句はない。なぜならそのためだけの担当者が私を取材し、母の人となりを礼状に書きこんだからだ。物書きを取材する物書き。同業者?に礼を述べたのはこれが初めてだった。
 納棺師は2人の女性。湯灌(ゆかん)では父の介護に疲れて憂鬱な表情しか見せなかった母に数年ぶりの笑顔を与えてくれた。妹はそこに化粧を施し、花好きだった母のためにブーケを作って棺に入れた。さて東京の葬儀会社だったらそこまで気を使って、しかもこちらのわがままを聞いてくれただろうか?葬儀場の宿泊ルームに一泊すると、翌日には栄養ドリンクがテーブルに置かれていた。その気遣いがありがたかった。
 病床に伏している父には知らせていない。生きる希望を失わせてはいけないと判断。果たしてそれが良かったのかどうかはわからない。しかし少なくとも穏やかに母は見送ることができた。最近は「直送」と言って葬儀を省略して火葬にするパターンも多いという。無宗教で墓を持たない人もいる。どれがいいのかはその人次第。ただ、どこかにほんの少しでも「ぬくもり」があってほしいと思う。そして私が経験した「日本らしさ」が失われないような社会であってほしいと思う。
 東京→北九州、4泊5日の旅。出会った人の顔を思い浮かべ、自分の人生をもう一度、考えながら帰途に就いた。

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 ランニング減税 2015/1/6

2月8日に行われる第2回北九州マラソンにエントリーしている。フルマラソンは2013年2月の東京に続いて2回目。なので、50代後半になって人生最長の距離を走っているところだ。昨年12月は月間で204km。

 NHKが放送したマダガスカルの原野を走るグレートレース(7日間で250kmを走破)で2位に入った日本人男性は月間800km走っているというが、長距離が子供のころから苦手だった私にとっては、たとえそれが4分の1にすぎない距離であってもすでに未知の世界に突入している。もっとも膝と腰は慢性的に痛い。乾燥した冬の空気を吸い込むせいか咳も出る。足の裏から膝にかけてのテーピングは不可欠だし、インフルエンザに感染しないように免疫力を落とさないような細心の注意も必要だ。つまり今の私を走らせるためには次のようなアイテムが必要になる。
 ①クッション性に優れた軽量のシューズ②撥水性のテープ③保温性と速乾性を兼ね備えた各種ウエア④免疫維持に役立つ漢方薬とサプリメント⑤燃焼系と疲労回復系のアミノ酸サプリと飲み物⑥疲労感をまぎらわすために聴く音楽に欠かせないウエアラブル端末…。まだまだ探せばいろいろあるかもしれないが、格安で手に入るものはほとんどない。つまり1人のジョガーがフルマラソンを目指すと、けっこう経済を動かす。日本のランニング人口は1000万人。私のように最初は10kmが「永遠の彼方」に思えていた人も、すぐにフルマラソンにチャレンジしてしまう時代になった。
 日本が抱える経済の問題。それは貯蓄志向が強すぎて投資にお金が回ってこないことだろう。高齢になってあわててお金を使う人が多いのでは?バブルを経験していない若い世代は「消費」をことのほか敬遠する。すべて安近短。そんなライフスタイルが若年層から身に沁みついてしまうと、いくらアベノミクスを声高らかに叫んでも、キャッシュの流れが生まれない。
 それでこう考えるのである。健康であるならば、ロードレースで年間100キロ以上走ると減税対象になるシステムを作ってほしいと…。納める税金は減るが、この国の人は走り始めるととたんに浪費に近いレベルまで物を買う。私など、この半年でランニング用のシューズを3足、帽子3つ、手袋2つ、靴下10足、テープ1ダースを買ってしまった。さらに胃腸と免疫力向上に補中益気湯、足がつるのを防ぐために芍薬甘草湯も2箱ずつ購入。いくらかかったのかは、スポーツ用品店とドラッグストアに足を運ばれた際に確認してきてほしい。たった1レースのためにこれだけ投資したのである。家内には「あなたには頭と体は1つ、手足は2本ずつしかないのよ」と言われるが、しばらく貯蓄という2文字は辞書から抹殺しておくことにした。
 ランニング減税。先の衆議院選挙では誰も公約に挙げなかったことが実に残念だ。一言、旗を掲げさえすれば1000万人の支持者を得たというのに…。さて本番までもうあまり時間がない。今、この原稿を書いているパソコンの別のウインドウには某スポーツ用品メーカーの最新ランニング・パンツが表示されている。2割引きでなお7200円。すでに4つ持っている私としては多いに迷う。ああ、減税さえあれば…。安倍さん、なんとかして。

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 数十人の重み 2014/12/13

東京・下町のとある駅のガード下。段ボールで囲いを作って寝ている人がいる。表情は見えない。その数4、5人。ガラス窓を1枚隔てて、その向こうにはショッピング・センターが輝きを放っている。クリスマスが近い。明と暗。そのコントラストを強く感じる季節になった。

 寒気に襲われた冬の午後。隅田川沿いを走った。ここには広場のようなスペースを作った川辺の「テラス」が各所にある。その西洋的なネーミングとは裏腹に、青いシートで囲われた日本的な「極小民家」も見ることができる。何があってここにたどりついたのだろう?閉ざされた小さな入口の向こうにいる人の顔を思い浮かべた。

 日本は豊かなのか?内戦とテロや殺戮で命を落とす国家と比べればそうだろう。だが経済はもはや国の豊かさの指標にはならないかもしれない。GDPが増えた減ったにどれほどの意味があるのだろう。スカイツリーに一番近い吾妻橋から隅田川左岸を北上すると、もうひとつの日本が見えてくる。おそらくこの国を支配する人たちはその光景を見たくないはず。どこにアベノミクスが機能しているのかその答えを探すのは不可能だからだ。

 今年を現す漢字は「税」になった。「税」と言う字は「稲」と「脱」が組合わさったもの。「脱」の旁(つくり)の「兌」は、人の着物をはがして抜き取る様をあらわしているので、税とは収穫の中から一定の穀物を抜きとるという意味。いや抜き取ってもらってもかまわない。それで飢える人が助かるのであればこのシステムはうまくいく。だが次第に机上の空論になってきてやしないか?

 ひと足早く選挙で1票を投じてきた。理想の候補者に…ではない。社会の底辺を即座に変えられる人などいないし、抱いている理念がすんなりと具現化するほどこの国は成熟していない。だが私にできることは何なのだ?と自分に問うた。ガード下や川辺に住む人たちは選挙には行かない。だから多くの人たちの代理で私が1票を投じたのだと思うことにした。自分で言うのもなんだが、私の1票はとても重い。少なくとも数十人分はある。それを受け止めてこの人たちに生きる希望を与えてはくれまいか…。

 下町の冬模様。めっきり寒くなった。ただLEDという光を発明した日本人なら、目に見えぬ暖かな灯も生み出せるだろう。まもなく聖夜。今はまだその可能性を信じていたい。

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 ピョンチャンピンチ 2014/12/5

2018年冬季五輪開催地は韓国の平昌(ピョンチャン)。しかしその平昌と上部自治体
となる江原道の議会が、韓国政府にこんな声明文を突き付けた。「開閉会式用のドーム・スタジアムを建設するのにかかる6000万ドル(約72億円)のうち75%以上を国が負担せよ。でなければ五輪は返上する」。

 当初は半額負担だったものの人口4000人しかいない横渓里という町に4万人収容の会場を作れと言うからついに自治体がブチ切れた形。夏季冬季併せて史上初めての開催都市による正式な条件付の五輪返上宣言となってしまった。
 韓国経済は衰退。競技場の建設とインフラ整備ですでに15億ドル(1800億円)を使ったものの、まだ8つの競技場を新たに作って道路を整備しなくてはいけない状況。このままいくと経費の総額は100億ドル(約1兆2000万円)をオーバーするのでハードルはとてつもなく高い。ソチ五輪が5兆円も使っているのであまり目立たないかもしれないが、そもそもウインタースポーツの土壌がない国にとって、多くの施設が五輪終了後に負の遺産へと変化するのは必至。たしかに「金をよこさないなら止めてやる」とムキになるのも理解できる。
 他にも問題は山積み。日本で人気のノルディック・ジャンプもそのひとつだ。すでジャンプ台は完成。ところが山の頂上に作ったために横風を受けやすく、いざ競技をやってみたらバランスを崩す選手が続出してしまった。通常、ジャンプ台というのはその風を防ぐために山の中腹に作るものだが平昌には手頃な場所がなかったのだろう。経済悪化で工事に入札しない建設業者も続出。なのでまだ原っぱのままの競技会場が、あと3年と迫った現在でもあちらこちらにある。ではこれをふまえて東京五輪関係者の方、頑張ってください。あと2022年冬季五輪に立候補した札幌さん。もしかしたら18年代替え開催の要請があるかもしれません。早急にご準備を!

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アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク 2014/11/25

落語家の柳亭燕路師匠は中学、高校の同期、同級。年に一度の独演会を聴きに池袋演芸場に足を運んだ。

 演目は新作の「君よ、モーツァルトを聴け」(桂三枝=現・文枝作)と古典の「笠碁」。前者は話の途中で「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」が出て、実際に噺の最中にBGMが流れるという異色の落語なのだが、なにせ私が人生で最初に聴かされた曲がこれ。ずっとレコードでこれを聴かせていた父は数百回はこの話を繰り返していた。しかも後者の噺に代表される大の囲碁好き。すでに病床に伏して落語を聴ける体ではないが、この日に池袋にいたらどう思っただろうか・・・などと思いながら午後10時半、池袋を出発。日曜日でまだ混んでいる駅の構内をトレランザックを担いでランニングウエアを身にまとったジョガーがすたすた闊歩するもんだから妙な視線がグサリと差し込んできた。(ほっといてくれ)。池袋から茗荷谷を抜け春日から秋葉原へ。夜遅くて照明が乏しくなり秋葉原で道を間違える。師匠の噺の中では「ナハトではなくクライネが夜でしょう。だって暗いね、でしょ」となるが、本当に「暗いね」とこぼしてしまった。暗くて迷ったものの方角はわかっていたので5分でルートに復帰。そのまま隅田川を渡った。

 30日に東京・下町で開催されるハーフ・マラソンに出る。来年2月8日に北九州マラソン(フル)に参加するので、そのためのトライアル。ただし現時点でまだ4キロの体重超過で自信はない。アキレス腱や膝に微妙な痛みがあってこれも不安材料だ。でも落語で笑ったあとはなぜか足が前に出る。1歳で覚えたアイネ・クライネ・ナハト・ムジークの冒頭のメロディーが口をついて出てきた。55年前、父は何を思ってこのレコードを自分の息子に聴かせたのだろう?夜空に輝く星に疑問を投げかける。ちょっとだけ胸にしみる小さな夜のセレナーデ。ランニング用ウォークマンから流れる音楽はいつの間にか聴こえなくなっていた。


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引退なんかありえない 2014/11/12

シニア・バスケットボールの「八幡(やわた)杯松山大会」に参加してきた。今年で20回目。私が出場した50代の部、いわゆるスーパーシニアは14回目。40代の部と60代の部(ゴールデンシニア)を併せると参加者は650人を超える大規模な全国大会だ。

 大会発祥の地は山形県八幡町(現・酒田市)で、当初は町おこしのために「40歳以上」の仕切りだけで開催された。しかし40代が50代になると「50歳以上」の部を作ろうという声があがり、50代が60代になると「60歳以上」の部を作れ、と言い出した。要するにほとんど誰も引退などしない。しかもよく動き、よく走り、よく飲んで、よく食べる。この大会に参加するたびに日本は元気だと実感するし、なによりおじさんのバスケ選手たちが開催地に多額の?お金を落としてくるから地域の経済も動く。60代以上の部の参加者は多くが年金をもらっているはずだが、申し訳ないが「あんた元気すぎるのでもう一回、働きなさいよ」と言いたくなる先輩諸氏もいた。

 私は神奈川代表。1回戦の相手は沖縄代表のチームだった。メンバー表の年齢の欄を見ると全員50~52歳。これはスーパーシニアでは最も「若い部類」に入る。それに対して、我が軍は50歳が2人いるだけであとは全員54歳以上。60歳も1人いた。当然、スタミナで負けた。しかも敵方にはプロ野球、DeNAの国吉佑樹投手のお父さんがいた。息子が196cmなら父も193cm。しかもインカレ8強の実績も持つ猛者。この大会のために去年からバスケを再開し、50歳を迎えて今大会に出場してきたそうな。なので高さでもやられた。善戦したとは思うが、56歳になった171cmの私にはとてもかなう相手ではなかった。

 しかし試合翌日の合同大宴会では沖縄代表とバスケの話で盛り上がった。すでに敵とか味方とかいう境界はなくなっていて、この年になっても性懲りもなくバスケにうつつをぬかす愉快な友人として肩を組み、酒を飲んだ。

 その沖縄代表も2回戦で前年覇者の東京代表に敗れ、東京代表もこれまた50歳ちょうどの「若手」をそろえた愛知代表に2点差で敗戦。そして決勝では埼玉代表が疲れの見えた愛知代表を下してスーパーシニアで初優勝を飾った。

 ひとつだけ言えることがある。ここに来ている650選手は大なり小なり人生の重荷を背負っているはずだが、コートに立つとそんなことは全部忘れる。「自分は昔もっと動けたんだ」とつぶやきながら心だけは少年時代に戻る。中高年のメンタル・ヘルスにもっとも効果のあるもの。それは薬ではなく、何か限界を突き破ろうとしている「同志」に出会うことだと思う。来年の20回記念大会は再び「故郷」の山形県酒田市で開催。アキレス腱や膝が痛くて「今年でもう終わりかなあ」と思って松山入りしたが、マッチアップした沖縄代表の選手に「あきらめるのはあの世にいってからで十分」と励まされた。(いやちょっと違うか?)。まあいい。おかげで切れかけた糸がつながった。だから私は今、元気だ。もうちょっとだけ、したたかに頑張ってみようと思う。さあ、国吉パパ。来年、リベンジしますからね。待ってなさい!


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地球の王様 2014/10/29

私は地球の王様だ。言うことはみんな聞かねばならない。国境はすべて廃止。なのでこの国に「外国」は存在しない。だから関税はないので、ややこしいTPP交渉はしなくてよろしい。

 同じ国の住人なんだから争ってはいけない。戦争もしなくてよろしい。それでも一神教の信者たちの中には神の名の下に戦おうとする輩がいるだろうから、その場合には「神」をしばらく預からせてもらう。つまり国有化だ。森羅万象を神と崇める多神教は認めよう。ただし安っぽい壺を買わせようとする者がいたらその宗教も国有化させてもらう。

 生活は自給自足。貨幣は廃止して物々交換だけにする。それだけだと自動車や飛行機を作ったり、科学を研究する者たちがいなくなるおそれもあるので、交換するものは知的財産を含むことにする。もし未来のために役に立つ、と判断できるなら、それを「国宝」として尊重しよう。ノーベル賞は廃止するので賞金は出ないが、国宝なので半永久的に大事にすることを約束する。大手広告代理店には怒られるだろうが、その人の名前を無償で我が国の冠名にしてもいい。

 スポーツの「国技」という言葉は死語になる。みんな我が国の競技だから、ルーツもこの小さな星ひとつにしかない。球を蹴る人たちはワールドカップという大会が消滅するので物足りないだろうが、その分、「国内リーグ」は充実させてあげよう。リーグはピラミッド式にトップの1部から底辺の100部リーグまで。みんな国が養ってあげる公務員だ。だから暴言を吐いたり、青少年に影響を与えるような悪さをすればレッドカードではなく懲戒解雇。追われた者はせいぜい砂漠や雪原で農地を切り開くがよい。たぶんそれを思えば乱闘もなく試合はクリーンに行われるはずだ。

 株式相場?はて、貨幣がないのだから株などないのだ。ただし会社組織は存続させるから、お気に入りの企業を応援したかったら従業員にお米やパンを差し入れし、仕事がうまくいった暁には何か分け前をもらえばよい。たとえもらえなくても文句を言うなかれ。そこには「友情」という知的財産が生まれている。だからその気持ちを大事にすればよい。心の投資には株式のようなリスクはない。

 私は地球の王様だ。言うことはみんな聞かなければならない。なので今、この世を生きている者に命ずる。「早く私を作るのだ!」。宇宙では小さくとも奇跡の存在となっている地球。その大地に勝手に線を引いて争っている場合なのか?やがて太陽の勢力が衰えると、この星の住人たちはどこかに出ていかねばならぬのだぞ。国とか貨幣があるとその脱出の順番を巡って必ずもめる。奇跡の存在を絶やしてはならぬ。だから目を覚ませ。まだ理性が残っているうちに…。


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値札のつかない財産 2014/10/13

本当はいろんなものを背負って心が折れそうな時もあるはずだが、みんなの表情は明るかった。東京から1000キロ以上も離れた高校の同期が都内の雑居ビルにある居酒屋に集まる。

 38年ぶりに会った仲間も何人かいた。歩んできた人生はことごとく違う。だがその人生が時空をさまよい、すぐに過去の記憶を引き戻す。「あいつとあいつは実は付き合っていた」「学校帰りに酒を飲んでた」「中学は不良の吹き溜まりでねえ」。話題はほぼ過去の中から引きだされる。50代の男と女がいつの間にか少年少女に戻っていた。

 米国をうろついていた頃、スポーツで有名なインディアナ州のある大学に立ち寄った。ちょうどその日はアメリカン・フットボールのライバル校との試合前日だった。体育館ではOBたちによる激励セレモニーが行われていた。驚いたのはその数。実に五千人が顔を出し、選手への激励というよりは、年に一度の同窓会のような雰囲気だった。その時、壇上でフットボール・チームの監督がこんなことを口にした。

「私は今、お金で買ってあげられるものと、そうではないものを手にしている。前者は試合のチケット。そして後者はみんなと共有している時間だ。どちらも大切だが大きな違いがある。お金で買ったものはやがて消えてしまうが、共有した時間は記憶という名の財産に変わる。あしたは勝つかもしれないし負けるかもしれない。ただ私の誇りは、試合の結果ではなく、同じ場所で同じ時間をこのようにたくさんの人と過ごせたことだ。だから心からお礼を言いたい。ありがとう」。嵐のような拍手は少しの間をおいて沸き起こる。肉体の動きを止めてしまう電気的な刺激が、わずかな時間の中で流れたからだろう。小雪の舞う晩秋のキャンパス。心をえぐる一言が雪と寒さより身に染みた。

 荒れた学校が多い。日本全国どこにでもあるだろう。「いじめ」がない学校を探すのも難しくなってきた。自殺しないかとか、卒業できるかどうかとか、教室が壊されるとか、心配事は多い。ただもっと気になっているのは、現在形の少年と少女たちが目に見えぬ糸をきちんと誰かに手渡してきているかということ。なぜならそれは多ければ多いほど、数十年の歳月を経て、立派な財産になるからだ。

 「宴」はメンバーを変えながら2週連続で開かれた。誰かが上京するたび、あるいは誰かが郷里に戻るたびに糸がたぐりよせられ、その糸をたどって値札のつかない財産が各自の心の中を行き来する。それは重荷が無痛になるほど愉快だ。同じ場所で同じ時間を過ごした者同士による化学反応。どんな挫折を味わおうが、人間はこうして豊かになっていく。だから私は外車も豪邸も金塊も宝石も持ち合わせがないが「資産家」なのだ。Life is beautiful。では、もう少しだけ、力まない程度に頑張ってみようか…。


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旅立ちのとき 2014/9/29

 身内の1人が旅立った。参列者は喪主を含めて14人。家族や親しい友人だけの小さな葬儀だった。気配りも最小限。ただでさえ精神的に参っていることを考えると、これでよかったのだと思う。

 ただ仏教に関しては、いろいろと考えさせられた。ある宗派で通夜と告別式を行ったのだが、現われた3人の僧侶は故人についての人となりなどは一度も尋ねてこなかった。参列者に語ったのは己の宗派のことだけ。あまりにもビジネスライクで故人への敬意を感じることはなかったし、なにより読経の内容は私ごときの人間には理解できなかった。ならば昔話でもしてみんなで騒いで歌って賑々しく束の間の時間を費やしたほうがよかったなと思った。
 
 葬儀場から僧侶のいる寺まで徒歩5分。なのになぜ「車代」という費用が派生するのだろう。人に「道」を説く身分であるならば、なぜ「必要ありません」と断らないのだろうか?納骨の際に付き合ってもらうとさらに10万円と車代が必要だとか。なのでもう頼まないことにした。そもそも故人も死ぬまでその仏教と密接に関わったことなどない。最近は無宗教の葬儀が増えているそうだが、その理由がわかる気がした。
 公共料金は故人の銀行口座から引き落とされていた。今、それを「連れ合い」の口座から引き落とされるように手続きを進めている。その先にあるのは故人の資産凍結手続きと相続手続き。保有している株式も相続の手続きをしなければならない。遺された衣類などの処理もその先に待っている。役所に死亡届は出してきたものの、やることは山積み。まじめで嘘をつかない人間だったことが今思えば、遺族にとってはせめてもの救いで、これでも世間的には恵まれた「人生の残務整理」なのだろうが、それでも葬儀を終えても次から次へとやるべきことが出て来ている。
 病院では葬儀会社を紹介された。葬儀会社では僧侶を紹介され、火葬場への連絡もやってくれた。しかしここからは遺族が自分で「仕事」をこなしていかなくてはいけない。もし遺族が全員高齢者で認知症患者だったりするとどうなるのか?都内では介護ヘルパーが認知症患者の預金を使い込んで逮捕されたが、今後はこんな事件が増えていくかもしれない。
 葬儀から相続、そして納骨から遺品の整理まですべてを担当してくれる広範囲に及ぶ新たな葬儀ビジネスの登場を期待している。それには病院、役所、銀行、郵便局、寺などが敷居を取っ払う必要があるが、高齢化社会へと付き進むこの国では避けては通れない。誰かが亡くなった瞬間、即座に葬儀から相続や引き落とし口座の変更まで一気に完了するシステム。それはお金を支払うのに十分値するソフトでありサービスであると思う。
 遺影の前からあっけなく去っていった僧侶に支払う30万円より価値のあるシステムに出会えるのはいつの日か?4カ月に及ぶ故人の闘病生活に付き合った家内は「私、自分が死んだら火葬だけでいい」とぼやいている。某葬儀サービス会社にはその望みをかなえてくれる「火葬式」があるがそれでも16万円。あの世に行くのも決して楽ではない。だから当分の間、したたかに生きてやろうと思う。都内でしめやかに営まれた小さな葬儀を経て、私は自分の人生の最期とその後の数日間について、今あれこれと考えている。


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スカイツリー銭湯に帳がおりるとき 2014/9/15

銭湯なのだがいちおう天然温泉であり露天風呂もある。その露天風呂の横の階段を上ると、スカイツリーの先っぽだけが見える展望ラウンジ。「2階の板の間」と呼ぶと、ご主人に怒られるのでカタカナを混ぜておかなくてはいけない。湯につかる合間でそこで休憩しよう思ったら、ひげ面で太鼓腹のおっちゃんがごろりと寝ていた。まるでトドの昼寝。ここでは時間はゆっくりと過ぎている。

 青い瞳をした外国人が1人で入ってきた。自動券売機のボタンの押し方と、下足札と引き替えに更衣室のロッカーのカギをもらうシステムをどこで覚えたんだろう?とふと思う。内風呂の薬湯では外国人が銭湯で時折見せる「うつ伏せ」スタイルでの入浴。だが心地よさそうだ。最も温度の高い泡風呂のある白湯も平気。あとから入ってきて「あっちっち」と叫ぶ日本人を見てニヤリと笑っていた。

 薬湯は日々メニューが変わる。青とうがらし、レモン、ラベンダー、よもぎ、ハトムギの植物系から、ビアカクテル、梅酒といったアルコール系もある。すたれていく銭湯だが、ここはかなりの経営努力が見てとられ、460円で2時間粘る私にとっては「天国」でもある。

 36度とぬるめの「歩行湯(少々深い浴槽)」には若者と中年男性が話し込んでいた。シリア情勢から育毛料の話題までネタは尽きない。つかったまま1時間が経過。あちらこちらの浴槽と露天風呂、はたまた展望ラウンジを行き来するノマド(遊牧民)の私とは対照的な定住民族である。

 人間、何も身につけていないと日々の生活で背負う様々な「荷物」から解放されるようだ。なにしろみんな表情が柔らかい。狭い浴槽が混んでくると、自然に先に入っていた人が出てスペースを譲るし、ここにはどんな国の人であれ心が丸くなっている。「また仕事やめちゃったよ。プー太郎のプーちゃんって呼んで。あっはっは」「馬券ってのはよ、オレが買ったやつが当たらないようにできてんだ」「血圧が150超えちゃってよ、ガンで死ぬ前に高血圧で倒れちゃうよ」。真面目に話すと暗くなってしまう話題が、ここでは笑いを誘う小話となる。

 午後6時すぎ。夜の帳(とばり)が下りてきて、スカイツリーに灯がともる。江戸の絶景。再び板の間、もとい、展望ラウンジへ行った。世俗的なことは頭には浮かばない。銭湯の屋根と煙突に切り取られた夜空を見ていると自分の小ささを静かにかみしめることになる。だがその静寂も長くは続かない。「グウォ~、ガー」。隣から特大のいびきが聞こえてきた。おいトド、そろそろ起きろ、風邪引くぞ…。


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私が興味があるのは101万8500円 2014/8/29

101万8500円。値札にはそう書かれていた。都内の某有名自転車ショップ。車の値段ではなく自転車の完成車1台の価格である。空気抵抗を限界まで削減できるフォルム。フレームは軽量のカーボンファイバーだ。もう20年近くチャリで出勤している私にとっては、喉から手が出てくるほど欲しい…と、何度もよだれを垂らしたまま、その前を通過し、さらに「お買い得」と書かれた32万円の完成車の前も通り過ぎ、10万円以下が並ぶコーナーに歩を進める日々。夢から覚め、また現実に戻る。

ランニング人口も増えたが「ツーキニスト」とも「チャリ族」とも呼ばれる自転車通勤者も増えた。現在の私の愛車は8年前に7万2000円で購入した世界でも有名なG社のマウンテンバイク。そのごっついタイヤを細身のスリックに変えて現在に至っている。ディスクブレーキは2度交換。補修費、維持費を加えると、ここまで20万円近くかかってしまった。通勤時のチャリ専用ウエアをオーダーメイドで請け負ったり、大手メーカーとは一線を画して日本人に合った自転車を製造して販売する独自ブランドも登場。ランニング人口の急増がスポーツ用品と販売メーカーの株価を押し上げたように、自転車関連業界もまた活況を呈してきている。

ただしマーケットは出来ても「モラル」が追いついてこない。皇居を暴走するジョガーがいるように、自転車に乗る人もまた各所で問題を引き起こしている。実は雨の日になると、会社に到着するまでの25分間、傘を差したまま自転車に乗っている人を10人以上目撃する。昨年末に改正された道路交通法では違反行為である。ところが雨の日に限って?警察は取り締まらない。正確に言えば取り締まっているのを見たことがない。雨の日なので面倒くさいのかもしれないが、真面目に雨具を着て乗っている人間からするとムカっとくる。なにより危ない。相手が傘に遮られて視野を狭くしているから、すれ違う時には緊張感が走る。携帯音楽端末のイヤホンをして乗っているときには制止しているお巡りさんも、雨だと自転車では町をうろつかないのか「傘差し運転」は少なくとも東京の下町では野放しだ。もっとも道路交通法自体がおかしい部分もある。歩道のない路側帯では、自転車は右側を走ってはいけない。一方通行の道でなければ左側を走ることが義務づけられているのだが、そうすると背後から来る車は見えない。ぶつけられても仕方のないところを走っている。むしろ右側であれば、前方から来る車が見えるので、接触を回避することが両者に可能だ。自転車は原則、車道を走るので、車の進行方向に合わせたのだろうが、たぶんこれを決めた人はほとんど町の中で自転車を走らせたことはないだろう。チャリに乗る人の気持ちがわかっていないとも言える。

私の愛車は後輪車軸が外装6段変速。前部のチェーンリングにはギアが3枚あるので事実上の18段変則だ。でもギアをチェンジしようとしてもなかなか最近は変わってくれない。しばらく走って路面の凸凹などで軽い衝撃が与えられるとガチャっと変わる斬新な?システムになっている。そろそろ買い換えの時期。そしてくだんの某有名自転車ショップにまた立ち寄った。ぼちぼち、買ってもいいのかもしれない。別に外車を乗り回すわけではない。許される買い物だろう。そして店舗の奥にある最高級品コーナーに再び足を踏み入れる。「…」。えっ、あの自転車がない。店員さんに「う、売れたんですか?あれ」と尋ねたら、「ええ、数日前に」。ツール・ド・フランスをも制した世界の有名メーカー、B社の最高車種。かくして私の手元から逃げていった。「こちらはどうでしょう?」と32万円の自転車を薦められたが、きょうは勘弁しておこう。「ふっふっふ、私が興味があるのは101万8500円のやつだけなんだよ」。少なくとも、相手にはそう思わせておかねば。

おじさんの妙なプライドをも乗せてきょうも7万2000円のロートル・チャリが下町を走る。ギアはうまく入らない。ブレーキも緩い。「おい、おいぼれ、もうちょっと、頑張れ」。我が身へのメッセージをこめて声をかけておこう。夜空からは雨。さてまた無法者の相手でもしてやるか…。


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17日間の終戦記念日  2014/8/13

私の誕生日は8月15日、終戦記念日である。小さい頃、たとえ目の前にケーキがあっても、正午になると黙とうするのがお約束だった。戦争の意味などわからない。楽しい1日がいつも重々しい雰囲気となるのでちょっと不満だった。テレビをつければ戦争特集の番組ばかり。映画「日本のいちばん長い日」は何回も見るはめになった。

ただ昭和20年8月15日に戦争が終わっていなければ、海軍兵学校にいた私の父はやがて人間魚雷「回天」に乗って出撃する運命にあった。歴史上、稀に見る愚かな兵器。爆弾を搭載して敵艦に体当たりするのだが、命中精度はきわめて低い。潜行すれば目標物が見えず、浮上すれば発見されるだけ。乗った時点で「死」を意味する兵器に父は乗ろうとしていた。

もし終戦記念日という名の1日がカレンダーの違う日付に記されているなら、私はこのコラムを書いていないしこの世に存在もしていない。8月9日、長崎で炸裂した「ファットマン」は当初、小倉に落とされるはずだった原子爆弾。私の母はその爆心地になるはずだった場所の近くにいたので、その日に小倉上空が曇って視界不良でなければ母もまた私とは縁のない人間になっていた。

米国をうろうろしていた頃、8月15日のことを話すとなかなか理解してもらえなかった。なぜなら米国での戦勝記念日(VJデー)は9月2日。日本が東京湾上の戦艦ミズーリの艦上で降伏文書に調印した日だからだ。この日は今でもロードアイランド州では祝日。歴史の教科書でも9月2日が戦争の終わりであることを示している。つまり日米両国には「負けました」と「勝ちました」の間に17日のズレがある。おそらく未来永劫にわたって埋まらない歴史上の溝だろう。

なので終戦記念日を「点」で考えてはいけない。空白の17日間には日本のその後の未来を左右する大きな出来事が起こっている。8月16日にはソ連のスターリンが北海道の占領を米国に要求。この時、同時のトルーマン大統領が「YES」と言っていたら日本地図は大きく書き換えなくてはいけなかった。18日には満州国皇帝、愛新覚羅「溥儀」が退位。そして北海道を占領できなかったソ連は千島列島を攻め、その時奪われた北方領土は未だに戻っていない。ソ連にとっては「終戦」ではなかったのだ。もし玉音放送と同じ日に降伏文書に調印していればソ連の行為は戦争行為ではなく侵略行為。時間のズレが生んだ悲劇でもあった。大本営が戦闘中止を命令したのはなんと19日。よく考えれば15日は終戦記念日でもなんでもないことがわかる。そしてマッカーサーが沖縄から厚木飛行場に到着したのは30日。パイプを加えて降り立ったその写真は歴史の1ページになった。

終戦から69年目。語り部がめっきり減ってきた。回天に乗ろうとしていた私の父も病床に着いている。その後、めざましい経済発展を遂げた日本。だが誰かが歴史を語り継いでいかなければならない。17日間の終戦記念日。私にとっては自分の存在意味を考える夏の終わりでもある。

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「自分再生」のためのストーリー  2014/7/31

野球をまったく知らない人になったつもりでこの競技を見てみる。そうすると不条理なことばかりだ。

たとえば打ち損じた度合いからすると一塁側や三塁側のスタンドに飛んだ打球のほうが「失敗」だろう。ところがなぜかこれは「ファウル」として見逃される。90度の範囲に打球を運ぶことのほうがはるかに難しいはずだが、たとえいい当たりのライナーであっても野手がダイレクトに捕球してしまえば「アウト」だ。スポーツはミスの度合いに応じて支払う代償の大きさが決まるはずだが、野球はそのミスが見逃される範囲がとても広い。

そもそもなぜ打者は時計の針とは反対回りに走るのだ?結局、左打者の方が一塁ベースに1mほど近いからセーフになる可能性が大きい。およそスポーツの中で、右利きか左利きかで有利不利になるような競技はない。もし平等に扱うなら右打者は三塁と呼ばれる方へ走るべきだ。

ただし攻めているときに優遇される左利きの選手も、守りに入ると差別的な待遇?を受ける。日本のプロ野球や大リーグで左利きの三塁手、遊撃手、二塁手、そして捕手を見たことがあるだろうか?最初の3つは一塁送球時に投げる向きを変えなければいけないという理由でダメ。時間をロスしてしまうからである。

いつも時計の針と反対回りに走者が動くゆえの「悲劇」でもある。捕手は少し理由が違う。捕手がもし左利きだと右打者の後ろにいた場合、送球する際にボールを投げる左手が打者の体とかぶってしまうケースが増える。しかもわが人類は右利きが多数派。かくして左利きは4つのポジションからはじき出されているのが現状だ。私は小学校時代、ソフトボールチームの代表選手だったが、捕手と二塁手は左利き。これが人生で最後に見た「異端児」たちだった。

野球を人生にたとえる人がいる。私もたまにそんなことをする。だがメーンテーマは「筋書きのないドラマ」ではなく「不条理」だ。人間誰しも仕事で失敗してしまうときがある。そんな時、少しだけ見方を変えたらどうだ、と話してみる。その失敗、バットにかろうじて当たったファウルチップかもしれない。ミスの度合いは大きい。でも捕手がミットにボールを収めていなければ「セカンドチャンス」がそこにある。なまじいい当たりをして野手の正面をつくよりはましだ。右か左かで迷ったって?それで人生の方向を間違えましたか。なるほど。でも反対側に行っても、いいことや悪いことはどっちもあったでしょうに。一見、不条理に見えるその人生は意外に柔軟な一面を持っているはずですよ…。

以上が、私がへこんだときに心の中でつぶやく「自分再生」のためのストーリー。それでもなお顔が下を向くときはこう付け加えます。「デッドボールは痛いんだけど、いいじゃない。一塁に行けるんだし。死んでなんかいないぜ」。

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新たなマーケット  2014/7/16

「熱中症」で新たなマーケットができている。塩の入った飴や清涼飲料水。
筋肉疲労を防止するクエン酸を入れて付加価値を高めたものもちらほら。
水にぬらしただけでひんやり感のあるスカーフや「首輪」はジョガーだけでなく、熱に弱い高齢者にも有効だ。

 義父のために2着購入したのは吸湿速乾をうたっている下着兼Tシャツ。しかも消臭機能もあるので、世の女性に嫌われがちな加齢臭も防いでくれる。地球温暖化の影響なのか気温40度を覚悟しなければいけない日本の夏。チャリ通勤している私にとっての必需品は「メンズフェイス&ボディシート」と書かれている大判のウェットティッシュ。汗を拭きやすいし、メントールが入っているので清涼感もある。ブームになっている登山でも活躍中。夏山には欠かせない存在になってきた。種類も増えていて、ドラッグストアに行くと店頭に置いてあるケースも多い。もしかしたら「熱中症専門店」という季節限定の業態があってもいいのではないかとも思うきょうこの頃である。

 ただ命を救うのは最終的には「物」ではないだろう。ここ数年、熱中症で死亡する高齢者のニュースがあとを絶たない。「これまで大丈夫だったから」という過去の経験が逆にネックになっているのかもしれないし、一方で体に異変を感じるシステムは加齢とともに確実に低下。そこに温暖化という過去にはなかった特殊な要因が加わっているようにも思える。老夫婦2人が住んでいる家もしくはアパートの窓がずっと閉まっているとそれは異変のサインでもあるのだが、日頃から人付き合いが疎遠な都会では、そのサインが見逃されがちだ。グッズがいくら増えても人の心が「冷めて」しまっては熱中症で倒れる人を救うことはできないと思う。

 体内の血糖値を測定できる米グーグルの「スマートレンズ」のライセンスを、スイスの製薬会社ノバルティス傘下のアルコン社が取得。コンタクトレンズ型の測定器でいよいよ実用化への一歩を踏み出した。糖尿病の患者の方には朗報。継続して自分の血糖値を監視できることは命をつなぐための大事な「戦術」だ。ウェアラブル端末の開発も勢いを増してきた。ただしどうせなら熱中症防止のため、スマートレンズのように継続して体の異変をチェックできるようなハードが欲しい。高齢者が「なんかおかしいな」と思う前に体温、心拍数、血圧、体内の水分量、脳波などを計測して本人に正確な情報を伝える小型端末。それがドラッグストアで手頃な価格で購入できる日がいつか来てほしい。

 さてまだその端末がないので、おじさんはあれやこれやと対応に大わらわ。きょうもドラッグストアで種無し梅干しや電解質の入ったスポーツ・ドリンクを購入しております。気温が33度にまで上がったので、20分チャリを漕いだあとは下町のスーパーマーケットでピットイン。試食コーナーでまんべんなくエネルギーを補給して命をつなぎました。皆様もご自愛あれ。

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W杯なんかいらない  2014/7/2

眠い目をこすってサッカーのW杯をずっと見ている。
この話題になるとずっと論議に加わっているような気もするが、試合の内容と選手の素晴らしさをここで語るのはやめておこう。「見えないところ」の問題があまりにも多いからだ。

ストライキとデモ。大会前と大会期間中、サンパウロやリオデジャネイロ市内では交通機関がストップし、ホームレスになった人たちを中心にして何度もデモ行進が行われた。

W杯を開催したのはいいが、物価が急激に上がり、引きずられるように家賃も上昇。ただでさえ生活水準が高いとは言えないブラジルはこの難題を解決する術(すべ)がなかった。

ファストフード店でハンバーガーを注文すると日本円で1000円をオーバー。家を奪われた人たちが手にできるわけがない。

「W杯なんかいらない」。

そう記されたサインボードが随所で見られた。ただしデモに参加したすべての人を正当化するわけにもいかない。

一部は暴徒化してATMや車を破壊。カメラを強奪された報道陣もいたことを考えると、果たしてこの国でこのイベントを行うべきだったのか?ということを改めて思い知らされる。

すべてのブラジルの人たちを非難しているわけではない。自分たちの国でスポーツのビッグイベントを開催することで、多くの人たちが背中を押されたはずだ。労力をいとわず一生懸命に仕事をこなしている人はいっぱいいるし、それ自体には拍手を送りたい。しかし「国」というフレームが脆弱だと、たちまち理想形は歪んでいく。

W杯が近づくにつれ、リオデジャネイロ市内はゴミの量が増えた。W杯の競技場建設などで産業廃棄物も急増。

だがこの町には大型のゴミ処理施設がない。ではどうなったか?それは今、日本でも有名なコパカバーナのビーチにほど近い河口付近に野積みにされ、雨が降るたびに汚水が海に流れこんでいる。

その周辺は2016年リオ五輪のヨット競技の会場でもあるのだが、すでに「競技できないほどの汚染レベル」と判断された。しかもリオの市当局は「五輪までに解決できる問題ではない」とサジを投げる始末。
国民の希望をかなえるだけの「体力」が完全に欠落している状態だ。

サッカーW杯の次期開催国はロシア。5兆円もの費用を投じた今年のソチ五輪の「悪夢」がよみがえる。癒着と浪費で揺れ動いた五輪史上最悪の運営とも呼ばれた大会。この金額が足かせになって、2022年の冬季五輪に立候補しようとしていたミュンヘン、ストックホルムなどの都市が招致活動のレースから降りた。

ロシア系の富豪は世界に散らばっている。その富豪たちは「自分たちの意思」としてソチ五輪のために自腹を切ったが、はたから見ると「商売したけりゃ出すもの出しな」と政府が「みかじめ料」を要求しているようにも見えた。

国の指導者が強権を発動すればどうにでもなる…。

今、そんな甘いシナリオが見え隠れしている。ロシアとの国境が不鮮明になった隣国ウクライナは06年のW杯(ドイツ大会)でベスト8に残っている。

もし18年にウクライナが本大会の出場権を得た場合、サッカーが引き金になって戦争にならないだろうか?「見えないところ」の問題は、決勝戦が終わっても私の頭の中にこびりついたままだろう。

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たまにはうまくいくもんだわ  2014/6/18

人生は簡単にあきらめてはいけないというお話をひとつ。

 
エリック・コンプトン(34歳=米国)というプロゴルファーがいます。彼は9歳で重度の心筋症と診断され、12歳のときに最初の心臓の移植手術を受けました。ゴルフを続けたい一心でジョージア大に入学しますが他の選手と同じメニューはこなせませんでした。それでも限られた中で練習を重ね、マイナーツアーでプレーを続けます。しかし6年前、練習から自宅に帰る途中で発作に襲われました。自分で車を運転して病院へ。母イーライさんが駆け付けたときには虫の息でした。

医者からは「あと20分持つかどうか」と言われ、息子は電話で母にこう告げます。

「ママ、うまくいかないこともあるね。さようなら。いい人生だったよ」。でも集中治療室で人工呼吸器を付けて頑張ります。2週間が経過。すると心臓が適合するドナーがいるとの声がかかりました。フロリダ州でバイクを運転中に交通事故に遭った26歳の若者でした。しかも大学時代にはバレーボールをやっていた選手。ドナーの家族から見ると不幸な出来事ですが、コンプトンにとってはこれ以上ない「最高のパートナー」でした。12時間に及ぶ2度目の移植手術。

ここから2度目の?選手生活が始まります。辛抱強く実績を積み重ね、2年前についに「メジャー」となるPGAツアーに昇格。今季はアーノルド招待で優勝争いに絡むなど、まずまずの成績を残して全米オープンへの出場権を得ました。

6月14日。日本の松山英樹(22歳)が74と苦しんだ全米オープンの3日目。コンプトンは難コースと言われるパインハースト№2(ノースカロライナ州)で第3ラウンドのベストスコア67をマークし、通算3アンダーで首位のマーティン・カイマー(29歳=ドイツ)に5打差の2位タイに浮上しました。最終18番のグリーンにやってくるとスタンディング・オベーション。

「救急車は呼ばないで」とジョークで笑いを誘う場面もあったのですが、それがなければみんな泣いていたかもしれません。グリーンのそばではノルウェー人の母イーライさんが応援。息子がしぼりだした懸命のジョークに「たまにはうまくいくもんだわ」と精いっぱいの笑顔を見せていました。

6月15日。最終ラウンドをコンプトンは1オーバーの71でホールアウト。通算では1アンダーの279でした。優勝したのはカイマーで通算9アンダーの271。コンプトンはリッキー・ファウラー(25歳=米国)と並んで2位タイでした。それでもPGAツアーでは自身の最高成績。このコースで行われた2005年大会ならば優勝スコアより1つ良かったんですね。

「こんなに励まされたのは初めてだ。メジャーという大会には勝てなかったけれど、今の気分は優勝したのと同じ。やっと自分がここに生きているという存在証明ができたような気がする」。母イーライさんは2度目の手術を受けた息子にこう言ったそうです。「あなたは2度の心臓移植手術を受けたゴルファーなの。ゴルフをする移植患者じゃないのよ」。言外に「甘ったれるな!」とゲキを飛ばされた6年前。この思い出話を記者会見で披露したときにはさすがに声が震え、我慢していたものが目にあふれてきました。

他人の臓器を移植したので免疫抑制剤は欠かせません。免疫が低下するので風邪はひきやすいですし、悪性腫瘍へのリスクも普通の人より高いはずです。主治医も選手生活はやめるべきだと忠告しています。ですが彼は3つ目の心臓を引き下げて来年のマスターズへの出場資格を取得。もちろん来年の全米オープンにも出場できます。いろいろな考え方ができるでしょう。ただ逆境に立たされたときの人間は2つに分かれます。前を向くか、それとも下を向くか…。今年の全米オープンを見ていた全員が胸に手を当てて自分はどうするのかを問いかけたはずです。

自分こそが不幸の中心にいると信じて疑わない方。「あと20分」と医師に言われた時のコンプトンの姿を思い浮かべてみてください。「人生は簡単にあきらめてはいけない」。彼の胸の中にある人生で3つ目の心臓がそうつぶやいているような気がします。

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お金じゃ買えんぞ540位だよ  2014/6/4

山中湖でのロードレースに参加してきた。仲間とともに3年連続の出場。残り3kmが緩やかな上りとなるハーフの部に最初は出たが、気温22度という気象条件も加わって熱中症寸前になった。

 
なのでここ2年は1周の部(13.6km)にエントリーしている。それでも楽なレースではない。標高が1000mあるので好タイムは出ない。いちおうちゃんと走る部類なので、わずかに少ない酸素が苦痛をもたらす。

いつもは走り出してから8分と32分後前後にす~っと苦しさがなくなるランニング・ハイが訪れるのだが、山中湖では一度も感じない。しかも7km手前からは上り坂。1kmほどだが、少ない酸素と併せてここが最大の「ヤマ場」だ。

今年もここでしんどくなった。山道を下ってしばらくいくと富士山が見える。だが息は荒い。風景を楽しむ余裕はなかった。隣にいた女性ランナーも「ハアハアハア」ともだえるような声で一生懸命走っている。なんだか悩ましい。心臓と肺ではなく「耳」でランニング・ハイを感じるあたりは「おじさん」の性(さが)だ。

仲間2人は自分より速いのでハーフに出た。残りの4人は一周の部に出たが私より遅い。だから走っている時は1人だ。気温が今年も20度を超えたので、冷却用グッズでもある「首輪」をつけたのだが、水にひたさなかったばっかりに常温のまま。気をまぎらわせようとランニング用ウォークマンを耳につけたらバッテリーが切れていた。「なにやっとんねん」。50代になると自分でボケて突っ込むことが多い。耳で感じたランニング・ハイも長続きしなかった。

残り4km。疲れもピークになったところで、沿道にいた外国人の観光客とおぼしき方々が応援してくれた。ハイタッチを交わす。たったこれだけのことではあるが不思議なことにちょっとだけ元気が出る。そういえば東京マラソンでも30km地点となった浅草付近で「1人じゃないよ~。みんながついてるよ~」とおばちゃんに励まされて目がうるんだ。人間は1人では生きていけないし、1人では走れない、とも言える。

50歳以上の壮年の部、2087人中540位。去年より順位を少々落としたが、苦しさはいつもゴールインしたあとに振る舞われる「豚汁」をすすっている間に忘れている。

さて、あと何年、走れるだろう?お金では買えないものがここには転がっている。

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認知症を認知せよ 2014/5/14

群馬で保護された認知症の女性の素性が7年間もわからず、NHKが報じたところ、やっと身元がわかったという「事件」があった。

 
指輪のイニシアル、靴下や下着に書かれた名前、ファッショナブルなウエア。ヒントはたくさんあったのに、行方不明の妻をビラまで作って捜していた東京・浅草の夫の下にその情報は届かなかった。

情報を共有できない各自治体のシステムは確かに問題だが、すでに高齢化社会と呼ばれて久しいのに効果的な対策を講じてこなかった国の姿勢もきびしく問われるところだ。ただすべてを国任せにはできない。

私にも認知症を抱えた家族がいるが、率直にいって行政におんぶにだっこで解決できる問題ではない。なにしろ数が多い。認知症の専門医に診察予約を入れたら3カ月先まで満杯だった。

1年や2年で明るい未来などやってこないだろう。そこで思う。今、世の中にあるものを活用できないかと…。

すぐに頭に浮かんだのはウエアラブル端末。とくにGPS機能はランニング日記をつけているジョガーより、高齢者とその家族のほうが需要はあると思う。認知症特有の症状でもある徘徊と、自分がどうやってそこに来たのかわからなくなるルートの記憶喪失。もし「あなたのご家族は今、ここにいます」「あなたはここにこうやって来ました」「自宅にはこうやって戻ることができます」と本人や第三者に教えてくれる認知症ブレスレット、認知症グラス(メガネ)、認知症対応タブレットがあれば、7年もの間、行方がわからなくなるということはなくなるはずだ。シューズ装着のGPSチップなどが開発されればそれもニーズはあるだろう。

家族といっても24時間監視することなんかできやしない。その労苦を少しでも減らさないと、この国はやがて疲弊して病んでいく。65歳以上の4人に1人が認知症になる時代。ならばその対策になりうるビジネスならば国の奨励と援助があってもいい。日本には技術があり知恵と理性と温かい心がある(と、信じたい)。それを認知症対策へ転化してほしいと切に願う。

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ランこそ経済の礎  2014/4/22

走るようになって13年。少年時代は長距離走が苦手だったのに、去年ついに東京マラソンを走ってしまった。

 
レース用シューズは1万2000円。練習用は2足あって計1万6000円。タイツがいい、と言うので1万6800円出して購入し、ランニング専用の音楽携帯端末は8900円で買った。ウエアは上下で1万2000円。帽子や靴下もランニング専用で、ペットボトルを入れるポーチは2400円だった。

疲労回復、あるいは脂肪燃焼に効果があるとされるアミノ酸のサプリはどっさりある。GPSウォッチではないがラップタイムをチェックするためにランニング用の時計を量販店で入手し、走ってもフレームがずれないメガネも買ってしまった。

東京マラソンのエントリーフィーは1万円。当選確率を上げるために年間4200円を支払って東京マラソン財団のプレミアムメンバーとなったが、今年は3度ある抽選に全部外れたのでその4200円は財団への「寄付金」になった。

東京マラソンでの受付時には大会ロゴの入ったランニングパンツを無意識のうちに?つかんでレジに並び、レースが終わると自分の写真の入ったCDを申し込んだ。(1万1000円もしたので、ちょっと迷ってしまったが…)。

私1人だけでも「経済」が動く。日本のランニング人口は900万人を超え、日本は11人に1人が走る世界有数の「スポーツ国家」になっている。

5月末には「山中湖ロードレース」に仲間とともに出場するがこれは前夜泊。山中湖村の活性化にも協力しているので、我が家からの資金流出は止まらない。だが毎週のようにロードレースに出る人たちもいるので、このマーケットはこれからも広がっていくだろう。

37歳になった会社の後輩は大学でサッカーをしていたが最後まで補欠。だが彼は走ることに目覚め、今年の東京マラソンではなんと2時間38分で走ってしまった。どこかの国籍を取得すれば五輪代表の座も夢ではない。タレントの猫ひろしはカンボジア国籍を取得したが、うちの後輩にも違う「未来」が開けている。(早く、どこかに行って交渉してこい!)。

ランニングはスポーツの基本。それが今、一大ブームとなって、いろいろなジャンルでお金が動くようになった。実態のないマネーゲームではない。東京五輪まであと6年。スポーツはこれからも経済を動かしていくだろう。それにしても私はいくら使ったのだ?幸か不幸か50代になって記憶力は低下している。しばらく思い出さないことにしよう。

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消費税に思ふ  2014/4/2

 消費税が5%だった最後の日。ドラッグストアでサプリメントを買い込み、ディスカウント・ショップではミネラル・ウォーターを箱買いした。

 
近所の楽器店に入ると、ストリートでよく見る打楽器、カホンに「現品限り」の札がついていた。4割引き。一度も叩いたことはないのに、「きょうで最後だ」という天の声が聞こえたような気がしてレジに運んだ。見た目、長方形の木の箱。これにケースを含めて1万8000円の価値があるのかどうかはわからない。だが5%は8%になる。今のうちに買ったほうが得だ。

 狭い書斎にまた「友」が増えた。弾かなくなったギター、使えなくなったウインドウズXPがOSのブックパソコン、そして美女を老婆にしてしまう35万画素の古すぎるデジカメ。「どうせあいつもそのうち無視される」。そんな「友」からの陰の声も聞こえたような気がした。

 消費税が8%になった最初の日。自宅の隣に「待ってました」とばかり新しいスーパーが開店。午前10時の開店時には200人近くが並んでいた。「消費税は上がってもオープニングセールと記念品があるはず」。店内はたちまち満員。既存の大手スーパーには閑古鳥が鳴いていたが、場所を替えると、したたかな庶民の購買活動は延々と続いていた。

 消費税が上がると景気が落ち込むと言う。買い控え?そうかもしれない。だが高齢化してきた昭和のコアな世代はどうだろう。大学の先輩にはこう言われた。「俺たちはもう人生の半分を折り返している。いいか、ここから先に買うものは自分が本当に満足する確かなものだけにしろ。安物買いはするな」。だから迷わないようにした。欲しいものがあれば買う、あるいは手にいれる方法を考えるようになった。

 よくよく考えると、8%はやがて10%になる。駆け込み需要とXデーを狙った新規開店は来年も繰り返されるだろう。人生の折り返し組の反応はどうなるのやら。さて、またあの新しいスーパーに行かなくては。しばらく先着1500人に粗品が出るそうな。コーヒー豆半額の張り紙もあったしね…。